想う数だけ聞こえる音色




 鈴を転がしたような、凛とした声

 微風に揺られて踊る、栗色の髪
 
 きらきら輝く、澄んだ瞳

 弾けるような、明るい笑顔

 君を形作る全てのものが、美しい音色を奏でてる


 その中でも僕が君自身の次に愛しているのは、七色に輝く音色。
 細くて白い指から生まれる、繊細で美しく輝いている音は、僕の心を捕らえて離さない。
 魔法がかかってるかのように、きらきら煌いて。
 水面に映る月のように美しくて。
 君の笑顔のように、柔らかくて優しい。

「ブラボーッ!」
 心からの拍手を送ると、照れたような瞳が僕を捕らえる。
「ありがとう、か…葵くん」
 最近になって、香穂さんは僕を名前で呼んでくれるようになった。
 まだ慣れなくて『葵』って言えないみたいだけど、そんなところも可愛い。
「どこかおかしいところとかなかった?」
 ベンチに座る僕の隣に腰を下ろして、香穂さんは訊いた。
 ずっと僕は「どこもないよ」と答えていた。土浦や月森に言われるまでは。
 でもそれだと香穂さんの音色が伸びないってことがわかったから、感じたこと、思ったことを言うようになった。
「後半の高音のところ、ちょっと音が切れ気味だったね」
 そう言うと、香穂さんは「やっぱり」と呟いて、小さく嘆息した。
 けれどその溜息は残念だとか、諦めだとか、そんな色は一切無い、前向きな声。
「もう一回、弾いてみる」
 すっくと香穂さんはベンチから立ち上がった。
「ダメだよ、香穂さん。もう二時間は弾きっぱなしじゃない」
 ヴァイオリンと弓を構え、弾き始めようとする香穂さんを僕は止めた。
 練習が大事なのは僕もヴィオラをやってるからわかる。
 でも無理をして上達するわけじゃない。
「でも、もう一回だけ」
「だーめ。もう一回は今ので終わり。約束したよね、香穂さん」
 香穂さんは瞳を瞬いて苦笑を浮かべた。
「葵くんには適わないなあ」
 それは僕のセリフだよ。
 香穂さんに、僕はいつも適わない。
 でも、それでいいんだ。
 だってさ、恋はより多く愛した方が負けらしいから。
「ほら、座って座って」
 ヴァイオリンと弓をケースに収めて、香穂さんはさっきより近い場所に座った。
「ねえ、葵くん。休憩のあと、合奏しようよ」
「もちろん。喜んで」
 微笑む香穂さんにとびきりの笑顔で答える。
「なに弾く?」
 嬉しそうに声を弾ませる君に、僕の中でまたひとつ音色が増えた。


 君を想う数だけ聞こえる音色が、君の心に届くように。

 僕はずっと君の隣に――。




END

【配布元・恋したくなるお題
手放せない恋のお題「04.想う数だけ聞こえる音色」

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