揺ぎ無き どさっ、と重い音が朝靄の中に響く。 「……っ…は…ッ…」 沖田は倒れた男を横目に見、荒い息を零す。 刺客はこの男で最後だ。 これであの人が狙われることはない。 朝靄が立ち込める、宿場へ続く峠。 そこには無数の武士が転がっている。その者たちは誰一人として息がない。全員、沖田に斬られたからだ。 死闘といえる戦いは、沖田の勝利で幕を閉じた。 彼は変若水を飲み、羅刹という些細な傷などたちどころに治ってしまうという人外の者となった。幼い頃から兄とも父とも慕っていた、大好きな近藤の剣で あるために。だが、羅刹となっても労咳が癒えることはなかった。容態は日毎に悪くなっており、床から起き上がるのもままならない。それでも 彼は近藤を死なせた土方の後を追い、宇都宮までやってきた。 近藤が死に【剣】である意味を無くしたと思った。だが、新選組――土方から離れ行動していた沖田は、ひっそり潜んでいた寺の堂内で、新政府軍が療養中である土方の行方を入手し、奇襲をかける話をしているのを聞いた。 悪化の一途を辿る労咳により、沖田に戦える力は残っていなかった。 だがそれでも、敵を倒すというその信念で、近藤が守ろうとしたものを僕も守らないといけないという揺ぎ無き意志で、無謀ともいえる戦いに 臨んだ。病を抱える彼の剣は万全ではなかったが、それでも傷を負いながら、握った剣を落とさぬように布で右手に縛りつけ、戦った。 朝靄の中、うっすら光が差し込む。 太陽が山際から姿を見せ始めたのか。 「…がはっ…ッ…」 吐き出した血が顎を伝い落ちるが、拭う力さえ残っていない。けれどそれでも、戦いの最中に落とさぬようにと帯で手に括りつけた剣を地面に突き刺し、沖田は立っていた。 彼の千歳緑の双眸は東から昇り始める朝日を見つめている。唇は緩く孤を描き、満足そうな笑みが浮かんでいた。 最後の瞬間まで、近藤の剣でありたいと願っていた。 守ったのは近藤ではないが、近藤が守ろうとしたもの、だ。 床の上ではなく戦場で、近藤が守りたかったものを守れ死んでいくのは悪くない。 脳裏に浮かぶのは、大嫌いな兄貴分と、大好きな近藤の顔。 「…ひ…かたさん…あと……頼み……よ。……近藤さん…―――」 体の感覚がもうない。 自分はもう、消える。 羅刹となったこの身は灰になり消え去り、骨さえ残らない。 あの子はきっと泣くだろう。黒い瞳に涙をいっぱいにためて。 けれど、彼女の側にはあの人がいる。 だから大丈夫だ。 安心して、――逝ける。 「……千鶴…僕は君が――」 好きだったよ その言葉が言い終わるのを待っていたかのように灰と化し、それは吹く風にさらわれいずこかへ飛んでいく。 峠には一本の大刀が、彼の生きた証のごとく地に突き刺さり、刀身が朝陽を浴び輝いていた。 【終】 戻る |