君と過ごせる幸せ
昼の片付けを終えた千鶴は、縁側で日向ぼっこをしているだろう夫の元へ向かった。
今日のような天気のいい日に、総司はたいてい縁側にいることが多い。
彼がたまに寝転がっている姿を見ることがあるのだが、その姿はまるで大きな猫が眠っているようで可愛い。ある時そう言ってみたら、昼間だというのに散々な目に遭ったので、それ以来言わないよう千鶴は気をつけている。
「総司さん」
名を呼ぶと、晴れ渡る空を楽しそうに見上げていた千歳翠の瞳が向けられる。
「千鶴、いいところにきたね」
総司がおいでというように手招きする。楽しそうな笑顔になんだろうと思いながら、千鶴は彼我を縮めた。
千鶴が隣へ正座するのを待って、総司は口を開いた。
「あの雲見てごらんよ」
「雲?」
総司の指が指す空を見ると、不思議な形の雲が浮かんでいた。
楽しそうな顔をしていたのはこれを見ていたからなのだろう。
「あの雲さ、団子みたいじゃない?」
「……そう言われると、お団子のように見えるかも」
円が連なっているような雲は、総司の言うように串団子のように見えなくもない。
「なんか納得してない、って顔だね」
「いえ、納得してないわけじゃないですよ。ただ、あの雲を見て団子だって思った総司さんてすごいなあと思って」
「喜んでいいのか落ち込むべきか迷うな」
総司は口元に微苦笑を浮かべた。
「ええと…あ、総司さん」
「ん?」
「今日のおやつは何がいいですか?」
総司の機嫌を浮上させようと、千鶴は切り出した。
昨日、町へ総司と二人で買出しに行ったので、材料が揃っている。
「千鶴が作ってくれるのはなんでも好きだけど……そうだ、あれがいい。栗の甘露煮が入った牡丹餅」
千鶴は嬉しそうに瞳を輝かせて頷いた。
「ではいただいた新茶と一緒に食べましょう」
「うん、楽しみにしてる」
それから二人はしばらくの間、空を見上げて雲についてあれこれ楽しそうに話をしながら過ごした。
「そろそろ作ってきますから、待っていてください」
そう言って千鶴が炊事場へ向かってから、半刻程が過ぎた。
家の中から甘くて美味しそうな香りがし、総司は頬を緩ませる。
千鶴の作る菓子はとても美味しい。食べるのが楽しみだ。
けれどそれ以上に楽しみなのは、千鶴と一緒にお茶をすること。
新選組の屯所にいた頃から、彼女とはよく一緒にお茶をしていた。誘っていたのは主に自分の方だったが、それはきっと千鶴に癒しを求めていたのではないかと思う。
千鶴の傍にいると、彼女の優しさに、可愛らしい笑顔に、純粋な言葉に、心が温かくなって、癒される。
それは婚姻を結んだ今も――否、今まで以上に幸せをもらっている。
「お待たせしました」
新茶と牡丹餅を盆に乗せ、千鶴が戻ってきた。
「全然待ってないよ。ありがとう、千鶴」
嬉しそうに笑う総司に千鶴は微笑み返した。
こういう何気ない瞬間さえ愛しくて、幸せだ。
「あ、いつもと少し違うね」
牡丹餅を見、総司は疑問を口にした。半殺しの餡子で包んであるのがよく見る牡丹餅なのだが、今日のは鮮やかな緑色をしている。
「抹茶味にしてみたんです」
「へえ、美味しそうだね。 いただきます」
牡丹餅を一口齧る。抹茶の苦味と餡の甘みが口に中に広がった。
「……どうですか?」
「うん、すごく美味しい」
「よかった」
首を傾けて千鶴は微笑んだ。
「ねえ、千鶴」
「はい?」
「僕はこうして君と一緒にお茶をするの好きなんだ」
「前にもそう仰っていましたね」
「うん。けど、言いたくなったから」
「ふふ。私も好きですよ。総司さんと一緒にお茶をするの。――幸せだなあって思うんです」
そう言って、千鶴は頭を総司の肩に乗せた。
【終】
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