このひと時が壊れないように、そっと




 朝陽が寝台を囲う薄布越しに差し込んでいる。その光は、今という時を表しているかのように優しい。
 夜明けから一刻は軽く過ぎているが、寝台に横たわる人影に起きる気配はない。
 くうくうと規則正しい寝息が柔らかな唇から零れ、眠る横顔は幸せそうだ。
「…………」
 夜明けとともに目覚めた公瑾は、隣で眠る恋人――花を起こしてしまわない程度に、彼女の前髪に触れたり、滑らかな頬にそっと触れたり、幾度かそうする以外は、ただ彼女の寝顔を飽きることなく、ずっと見つめていた。
 夜を共にした翌朝、花が公瑾より先に起きることは無い。
 今日が休日でなかったなら、公瑾は彼女を起こしていた。だが今日は二人ともに休日で、久しぶりのゆっくりした朝の時間を過ごしているのだった。
 誰の邪魔も入らない休日は貴重なのだ。だからこそ、贅沢に時間を使いたいと思う。
 小さく寝返りをうった花に公瑾は薄い唇に僅かな苦笑を乗せる。
「……それにしても、よく寝ますね」
 閉じられた瞼は、一向にあがりそうにない。
 こうして恋人の寝顔を眺めているのもいいけれど、凛とした強さを宿した瞳に早く自分を映して欲しいとも思う。
 こんな風に思うのは花が初めてで、そして最後だろう。
 自分を否定せずに丸ごと受け止めて、修羅に落ちる寸前だった心を救ってくれた花。
 心の底から好きだと、親愛の情でさえ向けられる相手が男ならば失態を犯すほどに惹かれた。
「…………ん………」
 小さな声がし、起きるのかと思われた。だが、やはり瞼はあがらない。
「……全く…出かけるのではなかったのですか?」
 呆れた声色とは異なり、公瑾の顔は優しい。誰にも見せない――否、花と今は亡き無二の親友であった伯符だけが見ることができる表情。
 昨夜、晴れていたら遠乗りに出かけたいと花が言った。最近は花も一人で馬に乗れるようになったのだ。それを見て欲しいんです、とも言っていたのだが、これでは城を出るのは正午になってしまいそうだ。
 このまま起こさずにいたら、「どうして起こしてくれなかったんですか」と怒りそうだ。けれど、起きない花が悪いのだから、公瑾に非は無い。
 それに、もうしばらくこうしているのも悪くないと思うのだ。
 隣で眠る花の髪に指を絡ませ、そっと口付ける。今までの自分では考えられない、絶対にしない甘い仕草。
 
 このひと時が壊れないように、そっと、花が起きるまでこうしていようと公瑾は決めたのだった。




―終―

初出・WEB拍手 加筆修正
甘やかな3つの願い「1. このひと時が壊れないように、そっと」
Fortune Fate様(http://fofa.topaz.ne.jp/)

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