あかねの災難? 泰明の住むマンションへと続く道を歩く、一つの影がある。 あかねは足早に歩きながら、身につけている腕時計を見た。 針は午後3時15分を指している。約束の時間より15分過ぎていた。 「うそっ、もうこんな時間!?急がなきゃ!」 急がなくては、と言いつつも少女の歩行速度は依然として変わりがなかった。 急いでいるのならそれらしく、足早に歩かずに走れ、と言いたくなるがいかんせんそうすることは出来ない。 9月14日。今日は泰明の誕生日である。 当然のことながら、あかねは誕生日プレゼントを用意していた。 プレゼントはお店で買ってきて、泰明の好きな色の包装紙で包んで、贈り物らしくリボンをかけ、紙袋に入れた。 約束の時間に遅れている理由はここにあった。 なかなか綺麗に出来ず、時間がかかってしまったのだ。 前持って用意できていれば当日に慌てて用意をせずに済んだのだが、いいものが見つからず、やっと見つかったのが昨日だった。 夕食後に用意をしようと思っていたのに、プレゼントが見つかった緩みで寝てしまったのは、明らかに自分が悪いのだが。 そしてあかねが走れない理由は、走っているのに夢中になり、紙袋ごと落としてしまいそうだったから。 それでなくとも、歩きながら途中何度も自分の足にぶつけている。そのせいで、綺麗だった紙袋は少々面変わりしていた。 走って紙袋が切れてしまっては悲惨すぎる。 約束の時間に送れた上に、プレゼントはぐしゃぐしゃ。 などという事態だけは避けたいあかねだった。 泰明が怒っていないことを祈りつつ、呼び鈴を鳴らす。 するとあかねが来るのをわかっていたかのようにドアが開き、泰明が姿を現した。 ただし、あかねが予想も出来ない姿で。 「きゃあああっっ!なっ、何ですか、その格好はっ!?」 「何が、とは何だ?」 「何って、どうして裸なんですかっ?」 泰明はあかねの腕をひっぱり家の中へ引き入れると、空いている手でドアを閉め鍵をかけた。 その行動はすごい早さだった。 今は昼間で出かけている人が多いだろうが、あかねの大声は同フロアのマンションの住人に聞こえたであろう。 泰明は少々嘆息しつつ、少女の疑問について簡潔に答えた。 「おまえが中々来ないので湯あみをしようと思っていたからだ」 「そ、そうですか」 下を向いて喋るあかねを怪訝に思い、泰明は柳眉を顰めた。 「なぜ下を向いている?」 「なぜって泰明さん何も着てないから」 あかねの頬が熱を帯び、だんだん赤くなっていく。 けれど、泰明からはあかねの頬が染まっていく様は見えない。 こういう場面で恥ずかしがっているのをわかってもらいたいのが、乙女心というもの。 だが、人になって歳浅い男には中々わかってもらえない。 「何も着ていないのではない。下は着ている」 淡々と事実を述べる泰明に、あかねは半ばやけ気味になった。 「もうっ!どっちでもいいから何か…これっ、プレゼントだから着てみてください」 あかねはヨレヨレになった紙袋ごと、プレゼントを泰明に押し付ける。 このような形でなく、きちんとお祝を言って渡したかったのだが、それは失敗に終わった。 泰明は素直にオウレゼントを受け取って、包装を解いた。 中から出てきたのは、シャツだった。デザインは特別凝っている訳でもなく、至ってシンプルなもの。 色が泰明に似合いそうだと思って、買うのを決めた。 シャツの色は【dark violet】――桔梗色だ。 「あかね」 名を呼ばれ、まだほんの少し熱い顔を上げると、プレゼントのシャツを手にした上半身が裸の泰明が瞳に映った。 やっと落ち着いたと思った動悸に再び襲われる。 だが、あかねはなんとか平静を保つように努めた。 「何ですか?」 「このシャツを着せて欲しい」 「……は?」 「テレビでやっていた。女が男に服を着せていた」 泰明が言っていることを理解しようと、混乱する頭でなんとか考える。 そんなコトをやっていたテレビ番組なんてあったっけ? 脳をフル回転で動かして、あかねは答えを導き出すのに必死になった。 (それってもしかして…あれのこと!?でもあれは着せてるんじゃなくて、手伝ってるんじゃ…) なんのことを言っているのはわかったけれど、口にするのは難しい。 駄目、と言ったところで理由を言わなければ納得してはもらえないだろう。 あかねは理由をはっきり説明できる自信がなかった。それに恥ずかしくて口には出せない。 『あれは新婚夫婦だからですよ』 なんてことはとてもじゃないが言えない。 もし言ったとして、では結婚すればよいのだな、などと言われてしまっては、返す言葉がない。 色々考えた結果、あかねは泰明の申し出を受け入れた。 「動かないでくださいね?」 「わかった」 神妙に頷く泰明に、なんだか妙なことになってきた、とあかねは胸の内でごちる。 泰明のお願いを聞こうと思い了承したのに、手が震えシャツのボタンをうまくはずせない。 いつもやっていること――制服のブラウスを着る時であるが、それとは状況も何もかも違う。 やっとのことでボタンをはずしシャツを着せようとして、また戸惑う。 彼の正面からではないけれど、しっかりした背中や肩、綺麗な項が目に映るとまたもや顔が火照ってしまう。 泰明の腕にシャツの袖を通し、それから正面に回ってボタンをはめる。 ようやく泰明にシャツを着せ終わったところで、あかねは安堵のためか疲れのためか分からないため息を漏らした。 そんなあかねの心中などまるでわかっていない泰明は、顔に満足そうな笑みを浮かべる。 「ありがとう、あかね」 「いいえ」 「また頼んでもよいか?」 泰明の言葉にあかねは諦めたような表情で、力なく頷いた。 【終】 安樹様のサイト「月の光」主催の「泰泰生誕祭/裸祭」に投稿。 戻る |