風の吹く場所




 京では連日暑い日が続いていた。
 朝や夕方は多少暑さが和らぐが、昼間は溶けてしまいそうに暑い。この土地の人々は慣れているかもしれないが、異世界からやって来た者にとってこの暑さはきつい。更に、京の夏を過ごすのは初めてでもある。
 花梨は龍神を呼んだ後も京に留まり紫姫の館で引き続き世話になっているのだが、毎日の暑さですっかりばてていた。

 紫姫の館の一画に人影が見える。それは先程からほとんど動く気配がない。その人影の正体は、花梨であった。
 なんとかして涼を得ようとしているのだが、依然として涼しくならない。むしろ暑さが増しているような気さえしてくる。
(あっつい。ひからびちゃうよー)
 館の中でも涼しいと思われる庭に面した簀子縁に座り込み、扇であおって風をおくる。だが、一向に涼しくはならず額からは汗が流れ落ちる。当然ながら、京にクーラーがあるはずもない。電気がないのだから当たり前であるが。
 せめて川や泉で泳ぐなどして涼しさを得られればよいが、皆に許してもらえそうにないことは明らかであった 。それは一部の人たちなのだが、その一部の人たちが手ごわい相手ばかりだったりする。
 そうなると残る選択肢は扇子で扇ぐしかない。
「せめて、もうちょっと風が吹いてくれたらいいのになぁ」
「それじゃ、涼みに行くか?」
「わっ、勝真さん!びっくりするじゃないですか」
 突然背後から声をかけられて花梨は驚いた。勝真にしてみれば別に驚かすつもりは全くなかった。ただ単に花梨がぼけっとしていたから、結果的に驚かしたという形になってしまっただけだ。
 けれど花梨にへそを曲げられても困る。
「悪かったな。それで、どうする?」
「なにがですか?」
 花梨の言動には慣れてきたと思っていたが、やはりそうそう慣れるものでもないらしい。勝真は思わずこけそうになったが、気を取り直してもう一度言う。
「涼みに行かないか?花梨」
「行きます!」
 即答で答えが返ってきた。よっぽど暑かったようだ。
 勝真が涼みに連れて行ってくれると言うが、どこに連れていってくれるか検討がつかない。けれど、どこにいても暑いのなら気分転換にでかけたほうがましだ。
 それに、と花梨は思う。
(勝真さんと出かけるのは久しぶりだ)
 花梨は嬉しさを顔いっぱいに浮かべて、勝真の後をついていった。


 二人は馬に乗って船岡山へとやってきた。当然ながら花梨は一人で馬には乗れないので、勝真と二人乗りではあるけれど。
 馬上も意外と風が気持ちよかったが、勝真に案内された場所の比ではない。
 船岡山の山頂付近の木陰は、とても涼しい。ほどよく風が吹いているし、日はあたらない。まさしく理想の場所だった。
「どうだ、涼しいだろう?」
「はい、とっても」
「それじゃ…」
 勝真は言いながら、木の幹に背を向けて座り込む。
 そして自分の肩を指しながら花梨へ視線を向けた。
「お前、あまり寝てないだろ。顔色が悪い、少し休め」
「えっ、でも…」
 勝真は迷う花梨の腕を引き、自分の隣に座らせて、少女の頭を自分の方へ引き寄せた。
「いいから休め」
「うん」
 花梨は勝真の好意に甘えることにして、瞳を閉じた。
 さわさわと吹く風の心地よさを感じながら、花梨の意識が沈んでいく。
「…眠ったか」
 自分の腕に頭をあずけ眠る花梨に、勝真は愛しそうに瞳を細める。
 花梨の肩を抱くように回している左手で、柔らかな栗色の髪に触れた。
「無防備な寝顔だな」
 勝真はフッと微笑むと、花梨を起こさないように栗色の髪にそっと口付けを落とした。




【終】



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