誕生日の贈り物




 まだ暑さが残る9月初旬。
 制服姿の一人の少女が歩いていた。その足取りは実に軽やかで、スキップでもしているかのようだ。
 顔には満面の笑みが浮かんでいる。
「花梨、どうしたの?やけに嬉しそうね」
 花梨の肩を後ろからぽんと叩き、花梨と同じ格好をした少女が声をかけた。
「あれ?、今帰りなの?」
「うん、生徒会が延期になったから」
 だから早く帰れるの、とと呼ばれた少女は答えた。
「それより花梨、なんでそんなに嬉しそうに歩いてるの?」
「私、嬉しそうにしてる?」
「してるよ。その顔が物語ってるって」
 嬉しそうと言うより、頬が緩んでいると言ってもいいくらいだ。
 花梨は明るくて元気がいいけれど、今日はそれに拍車がかかっている。
 の指摘に、花梨は照れたように舌を少し覗かせた。
 えへへと笑って、嬉しそうに話し始める。
「実はね、今日は泰継さんの誕生日なんだ。それで、これから逢う約束をしているの」
「なるほどね。例の彼氏の誕生日か」
 は花梨の彼氏である泰継を、何度か見かけたことがある。それも学校の正門前で。
 泰継という青年は、ごくたまに花梨を迎えにくることがあるのだ。
 その時、は花梨が泰継と一緒に帰っていくのを偶然目撃した。
 次の日には当然『昨日の男』について花梨に訊いたのは言うまでもない。
「何かプレゼントするの?」
「うん、カップケーキを渡そうと思って。昨日作ったの」
 手に持っていた深緑色の紙袋をあげて見せる。
 は紙袋を一瞥してから、花梨へ視線を戻した。
「お菓子?品物じゃなくて?」
「うん。何をあげたらいいかわからなくて」
「聞けばよかったじゃない」
「う…ん。それはそうなんだけど…」
 至極もっともなコトを指摘されて、花梨は言葉を濁した。
 実はすでに泰継に聞いていたのだ。『何が欲しいか』を。
 その時の事を思い出して、花梨は顔は勿論、耳まで赤く染めた。


 それは一周間前に遡る。
 花梨はずいぶん前から、泰継の誕生日に何をプレゼントしようか迷っていた。
 何を渡したら喜んでくれるだろう。どういうのが好きだろう。あ、嫌いそうなものはあったかな。
 などと悩んだ結果、誕生日のことは内緒にしておいて、泰継の欲しい物を聞くことにした。
 そして泰継が学校に迎えに来てくれた時に、花梨は思いきって訊いてみた。
「あのね、泰継さん。今欲しい物ってありますか?」
「何だ、唐突に」
「いいから。欲しい物って何ですか?」
 もう一度訊くと、泰継は首を傾げて花梨に問う。
「何でもよいのか?」
「はい!」
 泰継は欲しいものがあるんだ、と花梨は期待の眼差しで恋人を見つめた。
 だが、泰継の答えを待つ花梨の耳に届いたのは、微塵も予想していないものだった。
「花梨が欲しい」
「えっ、えっと、そっそれは…」
 いきなりの爆弾発言に顔中が瞬時に赤く染まる。
 心臓の音も早くなって、顔が熱くて発熱しそうだ。
 せめてもの救いは、周囲に人がいないこと。
 泰継が冗談で言っているのではないことがわかるので、始末というか、返答に困る。
 何でもいいのか、と訊かれて頷いたけれど、いいですよ、と言えるわけがない。
 キスだってまだ2回しかしたことがないのだ。
「ほっ、ほかに何かありませんか?」
「ない」
 きっぱり言われてしまってはどうしようもない。
 これでは糸口にもならない。
 かくして、本人に訊いてみよう作戦は失敗に終わった。
 ちなみに、このあと落ち込む泰継をなだめるのに花梨は悪戦苦闘した。


 こんな話をにするわけにはゆかない。親友相手でも言えることと言えないことがある。
 だから自分が赤くなったことは、何とかごまかしてしまった。
 さいわいはそれ以上追求してこなかったので助かった。
(ごめんね、
 花梨は心の中で話せないことを謝った。

 たわいない話をしながら歩いていくと、待ち合わせ場所の公園が見えてきた。
 花梨は公園の入口から園内へ目をやって、ベンチに一人の男性が座っているのを確認した。
「泰継さんだ!じゃあね、
「ばいばい、花梨」
 花梨はばいばい、と手を振って、泰継の傍へ嬉しそうに走っていく。
 泰継は走り寄ってくる花梨を目に留めると、先程の無表情ぶりからは想像もできない笑顔を花梨に向ける。
 それはまるで堅い蕾が花を咲かせるようだった。
「幸せになってね」
 呟いて、は公園をあとにした。




【終】



お誕生日おめでとう、泰継さん♪
泰継さんの出番があまりないけど、お誕生日創作です。


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