光の存在




 賑わう街中。
 道を行き交う人々。

 目の前に広がるのは、知らない世界。
 見知らぬ世界。

 頼忠が輝かしい光に飲まれ行き着いた場所は、見たことのない世界だった。
 生を受けて育った、長年暮らしていた『京』とは全く異なる土地。
 共通の片鱗はまるで見当たらない。
 自分の前を行き交う人々の服は『京』とは違う。
 そんなことを考えながら頼忠は視線を落とし、自分の服装を見てフッと笑った。
「私もこちらの世界の服を着ているのだったな」



 頼忠がこの世界に来たのは一週間前のこと。
 花梨が龍神を呼び、怨霊に蝕まれ、穢され、滅び行く京を救ったあの日。
 頼忠は花梨と離れたくなくて、ずっと花梨を護りたくて。
 愛しい人を抱きしめられる距離にいたくて。
 花梨に、あなたの世界へ連れていって欲しいと言った。
 花梨は嬉しそうに笑って、それを承諾してくれた。
 その後、龍神の声が頭の中に響き、目の前が光ったと思った直後、この世界にいた。


 だが、頼忠がこの世界に着いた時、傍に花梨の姿はなかった。
 周囲を見渡したが、花梨の気配は感じられない。
 頼忠は本能の導くまま、200メートル程先に見える建物の方へ向かった。
 やがて、泣き出しそうな花梨の姿が見えた。
 やっと会えた喜びに、頼忠は走る速度を上げた。
 それに気付いた花梨は潤んだ瞳で頼忠に走り寄る。
 時空を越えて再会した二人は、お互いの温もりを確かめ合うように抱きしめあった。



 ふと暖かい気配を感じ、頼忠は雑踏の中へ視線を投げかける。
 すると、一人の少女が走ってくるのが見えた。
 その少女は頼忠に気付くと、顔を綻ばせた。
 花が咲いたような、見ているだけで幸せになる笑顔。
 途端に自分の頬が緩むのを感じる。


 眩しい存在。
 けれど、手が届かない存在ではない。
 腕の中に閉じ込められる、手の届く人。
 闇の中を歩いていた自分に、消えない光をくれた。
 そして今も光をくれる、誰よりも愛しい人。


「頼忠さん、遅くなってごめんなさい」
「そんなに走らなくても大丈夫ですよ。花梨」


 名を呼ばれるだけで、こんなにも嬉しい。
 名を呼ぶだけで、愛しさが溢れ出す。
 光がなければ、自分は生きられない。

 頼忠にとっての光は花梨。
 唯一無二の光。


「さ、行きましょうか」
「はいっ」
 差し伸べた手を取って、花梨が嬉しそうに笑う。
 頼忠は花梨の細い手を包むように握って、幸せそうに微笑んだ。




【終】


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