特効薬 プラネタリウムの前で、背中を建物の壁に預けている一人の青年がいる。 一際目立つ容姿の青年は先程から彼の前を通り過ぎる人々の注目の的になっているのだが、青年はそのようなことは気にも止めず、じっと立っていた。何をするでもなく、ただ立っている。微動だにせずに。 しばらくして、聴き慣れない曲だが、聴き慣れている曲が聞こえた。それは携帯電話の音だった。 京からこの世界へやって来て、あったほうが便利だからと言われ、彼女と同じ機種を購入した。 泰継は右手でコートのポケットを探り、携帯電話を取り出した。 光るディスプレイには泰継の予想通りの名前が表示されている。 通話ボタンを押して電話に出た。 「花梨、どうした?」 寝坊でもして遅れそうだという連絡だろうと思った泰継の耳に届いたのは、花梨の声ではなかった。 「安倍君?花梨の母です。ごめんなさいね、急に電話なんかして」 「花梨の母上?別に謝ることはないですが、どうかしましたか?」 「それがね、花梨たら熱があるのにデートだからって聞かないのよ。今はお父さんが花梨を止めているのだけど、私達これから親戚の家に行かなくてはならないのよ。花梨を一人にしたらきっと抜け出してしまうわ。だから、あなたに家まで来てもらえないかと思って…」 「わかりました。すぐに行きます」 即答して通話を切り、泰継は花梨の家に向かって走り出した。 走りながら泰継の表情が険しくなっていく。 (なぜ花梨はすぐに無理をするのだ。倒れたらどうするのだ、全く…) 出会ったころから少しも変わらない少女に安堵しつつも、少しは変わって欲しいと思う。 だが、花梨の身を案じて走る泰継は、自分の心配性が治っていないことには気づいていない。 高倉家へ着き花梨の両親と二言三言話をして、泰継は花梨の部屋へ向かった。 軽く扉を叩いたが、何の反応もない。 だがそんなことは無視をして、部屋の扉を開けて部屋の中へ足を踏み入れた。 扉の開く音に気づいた花梨はうっすら瞳を開けて、部屋の入口を見た。 花梨は人影が泰継だとわかると、寝ていたベットから起き上がろうと両手に力を入れた。 「やす……つ……」 入って来た青年の名を最後まで呼べず、花梨は起き上がったベットに再び身体が沈む。 身体がひどく重い。頭は紗がかかったようにぼんやりしていて、泰継を見るだけで精一杯だ。 「無理をするな」 「…泰継、さん?どし…てここにいるの?夢…かなぁ」 熱が上がってきたのだろう。 花梨はボーッとした視線で泰継を見ていた。 泰継は花梨の寝ているベットの端へ腰を下ろした。ギシッとスプリングの軋む音が静かな室内に響く。 花梨の腰があるあたりに腰かけた泰継は、彼女の顔を覗きこんだ。 泰継は花梨の額に汗で張り付いた髪をそっと払う。 「夢ではない。…おまえの熱が下がるまじないをしてやろう」 「え?」 熱でぼうっとしている花梨の頭にも泰継の言っていることは理解できた。だが、話の後半部分が皆目検討がつかない。付け加えるなら、熱がなければ分かったかどうかも定かではない。この少女は自分の事に関しては、異常に鈍いのだ。 泰継の言っていることが理解できない花梨は、彼の次の言葉を待っていた。 すると、泰継の顔が自分の方に近付いてきた。あれ、と思う間もなく、花梨は泰継にキスをされていた。 泰継の唇は花梨の唇にそっと触れ、すぐに離れた。 「人にうつすと早く治ると本で読んだ。まさか実践する機会に恵まれるとは思わなかったが」 泰継が悪戯っぽくフッと微笑む。 (何の本を読んだのかな?何か違うような…) 花梨は心の中で色々突っ込んではみるものの、思考が安定せず考えを上手くまとめることができない。 かくして花梨の口からでた言葉は、第三者が聞いたら何を言ってるんだ、と突っ込みを受けそうな言葉だった。 「ありがとうございます」 そう言った花梨は嬉しそうで、それを言われた泰継も満足そうだった。 【終】 戻る |