守る ちらりと見えた横顔に、視線が釘付けになった。 白い頬を伝い落ちるのは涙…に見える。 彼女までの距離は遠く、その姿は朧気だ。 けれど、自分の直感が正しいと銀は判断した。 一歩踏み出すと、地上に散った真っ赤な紅葉が、かさっと音を立てた。 もう一歩を踏み出し、銀は立ち止まった。そして紫苑色の瞳を臥せ、踵を返した。 相手は白龍の神子だ。気安く声をかけていい人ではない。 八葉の誰も傍にいないということは、彼女が傍にいないように命じたか、あるいは――。 (…気配はない。お一人でいらしたのか?) 神経を研ぎ澄ませ、周囲の気配を注意深く探ったが人の気配はない。 地の玄武ならば陰形し気配を消し、神子の傍らに控えることもできるだろう。 だが、あの男はそれを是としないと思われた。 『神子の思うように。お前の信じる道を進みなさい』 リズヴァーンが望美に向けた言葉が、銀の脳裏に蘇る。 神子と行動を共にするようになってから、自分の中の何かが変化していく。 主に神子に仕えろと命じられ、それに従っている。 初めはただそれだけだった。 だが、少しづつ神子という人を知り―――。 「―――埒もない…」 一人ごちて、銀は緩く頭を振った。 穢れた身が傍にあるだけで罪なのに、それなのに。 八葉であれば誰の許しを請うこともなく傍に控えられると考えるなど、どうかしている。 可憐な神子を守ることができるなら、それだけで充分な筈。 今以上を望むのは分不相応なことだ。 「・・・・・・きさん・・・」 震える声で紡がれた言の葉は、神子を守り力となる筈の八葉の名。 信じて、信じられて。一緒に戦ってきた。 あの状況では仕方なかった、と自分に言い聞かせてみても、打ち消すことはできない。 ふいに落ち葉を踏む微かな音が耳に届いた。 ゆっくりと顔をそちらへ向けると、若草色の瞳に一人の男が映った。 「銀…どうしたの?」 望美は涙で濡れた目元を慌てて手の甲で拭って、無理矢理に笑顔を作る。 気丈に振る舞おうとする姿が痛々しくて、銀は紫苑の双眸を僅かに細めた。 「私は八葉ではありません。けれど――」 紫苑の瞳が微かな愁いを帯びて、望美を見つめる。 真っ直ぐな視線に身体が縫い止められてしまったように動かない。 「私は神子様をお守り申し上げたいのです」 薄い唇から紡がれた言の葉に、望美は若草色の瞳を見開いた。 切れ長の瞳は真摯な光を宿している。 「…ありがとう、銀」 望美は泣き出しそうな顔で微笑んだ。 「情けないところ見せてごめんね」 そう呟いた少女に銀は「いいえ」と答えて。 「泣きたい時は泣いていいのですよ。あなたの涙が消えるまで、私はお傍におります」 頬を伝い流れ落ちる雫が止まるまで あなたの心が傷付くことのないように あなただけをずっと…お守りしたい―― それが罪であろうとも 叶わぬ願いであっても 終 戻る |