あなたしか見えない




「風早ーっ」
 俺の名前を呼んで、愛しい人が駆け寄ってくる。
 黄金色の美しい髪が揺れ、陽光に照らされて輝いて見える。黄金色の髪を飾るのは、千尋が幼い頃に俺が作った花冠と同じ色――青い花の髪飾り。千尋の髪は淡い色だから、青い色がよく似合う。そう思っているのは、俺だけではないだろう。
 千尋が小さい頃、俺が整えていた綺麗な長い髪は俺のために切られ、肩口で切りそろえられている。けれど、千尋の美しさは変わらない。いや、歳を重ねるごとに日々美しい女性になっている。
 それは姿だけでは無く、無垢で光溢れる心も、真っ直ぐな信念も、なによりも彼女自身が輝いているから。

 初めは役目のため、傍に仕えていた。
 千尋の傍に居て、繰り返される歴史を歩む彼女の行く末を見守る。
 それが俺の役目だった。
 千尋の手が誰を選ぼうと、彼女の幸せを願い見守り続けた。
 けれど、いつのまにか役目であることなど忘れて、千尋に惹かれた。

 自らの立場を忘れ、空蝉の姿で人を愛することなどあってはならない。

 そんな理は枷にならなかった。
 千尋が想いを寄せてくれることが嬉しくて。
 いかなる罪であろうと、愛する想いは止められなかった。
 永遠の命が無くなろうと、神でなくなろうとかまわない。
 あなたの隣で笑い、あなたを抱きしめられるほど近くにいられるのならば。
 俺は全てを捨てて、あなたを選ぶ。

「そんなに急いでどうしたんです?」
「あのね、道臣さんがお土産にお団子をくれたの。
すごい美味しそうだから、風早と食べたいと思って」
 千尋は首を傾けて、嬉しそうに微笑む。
 道臣は千尋が甘い物を好きだというのを知っていて、買ってきたのだろう。
 カリガネは遠つ国へと旅立ってしまっているから、美味しい菓子を口にできる機会は減ってしまった。俺に言ってくれれば何をおいても作るのに、大きくなってから千尋が甘えてくれる機会がなくなってしまったことが、少し寂しい。
 もっとも、食べ物のこと以外で甘えられる方が、何十倍も嬉しいけれど。
「いいですね」
「よかった。忙しそうだから無理かなって思ったんだけど」
「ちょうど一息いれたいと思っていたところなんです」
「じゃあ、行きましょう」
 そう言って俺の服の袖を引く千尋の華奢な手を取って、手を繋いだ。
 繋いだ指先から伝わる温もりが愛しい。
 この手を離したくない。
 あなたもそう思ってくれているだろうか。
「みんなはもういるんですか?」
「うん。そろそろ来てると思う」
「では少し急ぎましょうか」
「そうね」
 俺を見上げて、千尋がふふっと微笑む。
 澄んだ蒼瞳に引き込まれそうだ、とふとそんなことを思った。
「どうかした?」
 蒼瞳を瞬いて、首を傾ける様が可愛らしい。
「千尋に見惚れていました」
「かっ、風早ってば…!」
 白い頬が瞬く間に赤く染まっていく。
 あなたのそんな顔を見られるのは、俺だけだと自惚れていいですか?
「本当ですよ、千尋」
「……風早が嘘をついたりしないのはわかってるよ」
 視線を逸らして呟く千尋に、頬が緩む。
 本当に素直で、真っ直ぐだ。
 心の底から愛しくてしかたない。
「そう言ってもらえると、嬉しいですね」



 他には何も、見えなくなるくらい、あなたを愛している

 俺に優しさをくれた、幼い姫


 千尋――

 俺にはあなたしか見えない




【終】


初出・WEB拍手 再録にあたり改題・加筆
「03.他には何も、見えなくなるくらい(あまいきば・とめられない、5のお題)」


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