街中の街路樹はイルミネーションの電球がつき、デパートの出入り口にはクリスマスツリーが置かれている。
 歩いていると、どこからかクリスマスの音楽が聞こえてくる。
 クリスマスムード満載の、いつもよりも賑やかで、クリスマス色に飾られた街の中をは映画館に向かって歩いていた。
 クリスマスイブに一人で映画を見るなど我ながら少し寂しいイブの過ごし方だと思うが、一緒に過ごすような彼氏がいないのだから仕方がない。
 そもそもクリスマスはイエス・キリストの生誕を祝うものだけれど、クリスチャンの多い国と違って、日本では生誕祭という印象は薄い。


 見たい映画のチケットは前もって買っていたので、入場開始の案内がアナウンスされるまでロビーで待つことにした。
 あまり待たなくていいように逆算して自宅を出たので、五分程待っただけで入場案内開始のアナウンスが流れた。
 カップルや友達連れがよく目についたが、自分は自分と割り切り、上映されるスクリーン室へ向かった。
 ゆっくり歩いていたら、途中で背の高い男性に追い越された。それだけなら別に気にならなかったのだが、その男性の後ろ姿は見覚えがあった。
 思わず駆け寄って声をかける。
「手塚くん」
 呼びかけると男性の足が止まり、その人が振り返る。
 の瞳に映ったのは、紛れもなく手塚国光その人だった。




 
並んで歩けば恋人気分




「映画よかったね」
 神様からのクリスマスプレゼントなのか、偶然にも手塚と隣同士の席で映画を見ることができた。
 だから、映画が終わって隣の手塚に話を振った。
「ああ。登頂が成功するのはわかっていたが、それに至る経緯などよく作ってあった」
「うん。私知らなかったから、ドキドキしちゃった」
「そうか」
 ふっ、と一瞬だけ手塚が笑った。
 と、何かに気がついたような顔で手塚がこちらを見た。
「そろそろ出るか」
「あ、そうね」
 人の流れにそって、映画館を出た。
 束の間だったけれど手塚の隣を歩けて嬉しかったな、と思いながらは口を開く。
「じゃあ、また学校で」
 冬休みが終わらないと手塚と会えないのが寂しいけれど、仕方がない。
「何か用事があるのか?」
「えっ?」
 肯定する言葉が返ってくると思っていたので、は驚きに瞳を瞠った。
「このあと用事があるのか?」
 もう一度問われて、は首を横に振った。
「全然、何も。家に帰るだけ」
「ならば送っていく」
「送って…って…」
 家に帰るだけとは言った。
 手塚といるのは自分のみ。ということは、送っていく対象は自分だ。
「じき日が暮れる。女性一人は危ないだろう」
「…でも、いいの?用事とかないの?」
「ああ」
 は腿あたりで両手をきゅっと握りこんだ。
 まだ一緒にいられるのが嬉しい。けれど、手塚が好きだから一緒にいると緊張する。
「あ、の…じゃあ、お願いします」
「ああ」
 あ、今笑った、よね?さっき見た笑みは楽しそうだったけれど、今見た笑みはそれとは違っていた。これはどういう種類の笑みだろうか、と考えるの意識を手塚の声が呼び戻す。
?」
「あ、帰りましょ」
 手塚が歩調を合わせて、隣を歩いている。
 話をすれば、声が返ってくる。
 そして、おりしも今日はクリスマスイブだ。
 こうして並んで歩いていると手塚と恋人になったみたいだ。
 恋人気分が味わえる日が来るとは思わなかった。
 片想いで終わるだろうと思っていたから。
 だから、とても嬉しい。



 帰り道はあっという間だった。
「送ってくれてありがとう」
 自宅の門前で、は頭を下げた。
「いや」
 二人の間に数秒の沈黙が下りる。
「……初詣、一緒に行かないか?」
「初詣?手塚くんと私、が?」
 自分の知らない国の言葉で話されたのではないかと思うくらい手塚が紡いだ言葉に驚いて、確認してしまう。
が嫌でなければだが」
 は音がしそうなほと首を横に振った。
「い、行きたい。手塚くんと一緒に」
 答えると、手塚は切れ長の瞳を和らげた。優しい微笑みにの心臓が跳ねる。
「な、何時くらいに待ち合わせる?」
 ドキドキしているのを知られたくなくて、質問を投げた。
「そうだな…10時はどうだ?」
「うん、いいよ」
「なら、10時に迎えにくる」
「迎えっ?!」
「迷惑か?」
「ぜ、ぜんぜん!」
「よかった。 では元旦に、また」
「う、うん」
 少しも静まらないどころか疾走を続ける心音を抱いて、は踵を返した手塚の背中を見送った。




 END



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