きみ好みの贈り物あげる 大学が明日から冬休みに入るという日だった。 その日受ける講義が終わり、帰り支度をして校門を出ると、一台の黒塗りのベンツが止まっていた。エンブレムがついた高級車のナンバーは、が知っているものだ。 車から数メートル離れた場所で立ち止まり、どうしようかとが迷っていると、車のドアが開き一人の青年が後部座席から降りた。 「」 車を降りた青年が名前を呼び、こちらへ近づいてくる。 「何迷ってんだ」 戸惑いをいつも簡単に見抜かれて、は眉根を寄せた。 「だって…ベンツにひょいひょい近づけないもの」 景吾は軽く嘆息して、の手を取って引き寄せる。 「お前、俺様の婚約者だって自覚ないだろ」 の左手を取り、彼女の手袋を勝手に外して、薬指の先に口づけた。薬指にはシトロンの指輪がはまっている。 「ちょ、景吾!」 頬を赤くして怒るに景吾は瞳を細めた。 「虫払いだ」 「は?」 景吾は口端をわずかに上げて不適に笑うと、車に乗るようを促した。 「……起きた時に部屋が寒くないって不思議よね」 は昨日の朝も思ったことを一人ごちて、部屋にあるアンティークのクローゼットを開けた。 ハンガーに吊るしたいくつかの服と、引き出しにしまった服をベッドの上に広げた。 急に決まった旅行なので、服のコーディネイトを細かく考えて詰める余裕がなかった。ゆえに、温かい服やコーディネイトに困らないような服を持ってきた。 赤と白のチェックのシャツに厚手の白いカーディガン、チャコールの裏地がボアのロングスカートを着ることに決めて、それ以外の服は元の場所へしまう。 着替えようとしたところで、扉が3回ノックされた。 「、起きてるか?」 扉越しに聞こえたのは景吾の声。 「着替えるところよ」 「なら、入ってもいいな」 「えっ?!」 「そんなに驚くことか?」 「だってまだパジャマだもの」 ククッと愉しそうに笑う声がした。 「忘れているようだが、着せたのは俺だ」 …そうだった。っていうか、嬉しそうに言わないでよ。すっごい恥ずかしいじゃない! 芋づる式に昨夜のことを思い出し、体中が火照る。 ソファの背にかけられたロングガウンを羽織って、は仕方なさそうな顔で部屋のドアを開けた。 ドアを開けると、リボンがかかった箱のようなものを4つ両手に持った景吾がいた。 驚きに瞳を丸くするに、景吾は悪戯が成功した子供のように笑って部屋の中に足を進める。は開けたドアを閉めて、景吾のあとを追った。 景吾は持っているものを直径50センチ程のラウンドテーブルの上に乗せた。 「俺からのクリスマスプレゼントだ」 「えっ、これ全部?」 「いや、全部じゃない」 「まだあるの? 私こんなにたくさん用意してないわよ」 「プレゼントは数じゃねぇだろ」 「それはそうだと思うけど…」 目の前の物以外にまだあると言外に告げる景吾が言っても、説得力が感じられない。 「俺がお前に贈りたいんだ。四の五の言わずに受け取れ」 頬に景吾の右手が触れ、唇に落とされるキスを甘受する。 唇が離れて目を開けると、思っていたよりも近い距離に景吾の顔があった。切れ長の瞳。右目の下には泣きぼくろがある。整った眉。少し癖のある髪。見惚れるような美男子だと思う。性格は良くもあれば悪くもある、と思う。 婚約をして半年以上過ぎるけれど、まだ目の前の人が婚約者だという実感が持てないでいる。 景吾を見ていると再びキスされた。 「…お前がキスをねだるなんて珍しいな」 「ねだってないわよ!ただ見惚れ――」 しまったと慌てて口を閉じるが、後の祭りだ。フッと微笑する景吾が聞いていたのだとわかる。 「好きなだけ見惚れていいぜ」 お前だけの特権だ、と耳元で甘く囁かれて、腰が砕けそうになる。 「っ、着替えるから出てってっ」 ぐいっと景吾の胸を両手で押す。彼は可笑しそうに笑って、「早く来いよ」と言い残して部屋を出て行った。 再び一人になった部屋では溜息を吐く。 着替えようと視線を滑らせると、ラウンドテーブルに積まれたプレゼントが目に入った。 「景吾のバカ。お礼言うの忘れちゃったじゃない」 拗ねた声色で呟いて、ガウンの腰紐に手をかけた。 着替えてダイニングに行くと、景吾が立っていた。 「来たな。行くぞ」 「え?」 つかつかと近づいてきた景吾はの手を引いて歩きだす。引っ張られてついて行きながら、早足の景吾には問いかけた。 「ねえ、行くってどこに?」 「外だ」 「外?」 外に行くだけでなぜ急いでいるのだろうか。 前を歩く景吾の様子もいつもとは違う。どことなく興奮しているように見える。 玄関の衣装かけにかけてあるダウンコートを着て、二人は別荘を出た。 瞬間。 キラキラするものが目に飛び込んできた。 「間に合ったな」 景吾の声は上ずっていたが、はそれに気がつかない。 キラキラと宙を舞うものがあまりに美しくて魅入ってしまう。 外は今とても寒いはずなのに、寒さが感じられない。 「きれいね」 感嘆するの唇から白い吐息が零れる。 「ああ。俺も珍しく興奮してる。 賭けだったが贈れてよかったぜ」 は先程の会話を思い出した。 ――いや、全部じゃない 「……ダイヤモンドダストが贈り物だなんて、キザだわ」 「お前好みの贈り物だろ?」 は景吾の左腕に手袋をはめた両手を添えて、額を彼の腕にくっつけた。 「…ありがとう。嬉しいわ。それに」 言葉を区切り、は景吾を見上げた。 「さっき貰ったプレゼントもありがとう。開けるのが楽しみだわ」 「その笑顔が見たかった」 瞳を細めて景吾が笑う。不敵な笑みとは違う柔らかな笑みに、彼を直視できなくなって、は瞳を反らした。彼女の視線の先でダイヤモンドダストが舞っている。 「お前と見られてよかった」 静かな、優しい声が耳に届く。 「景吾…うん、私も」 視線を景吾に戻して、は嬉しそうに微笑んだ。 END BACK |