果ての月きみと終夜




 窓から朝日が注ぐリビングの片隅に、星と金色のリボンや赤い玉飾りが光る50センチほどの高さのクリスマスツリーが飾られている。
 モミの木は本物で、12月に入ってすぐ二人で選んで買ってきたものだ。飾りもモミの木と一緒に買ってきて、二人で楽しく飾り付けた。
 そのクリスマスツリーが見えるリビングのすぐそばのダイニングテーブルで、二人は斜め向かいに向き合って朝食後のコーヒーを楽しんでいた。
 先ほど周助が淹れたばかりのコーヒーから、芳しいよい香りが漂っている。モカだよと周助が言っていたが、コーヒーに詳しくないは美味しい以外の感想が出ない。
、25日どこか行きたいところはある?」
 コーヒーカップをソーサーに戻しながら周助が問う。
 は少し考える素振りを見せたが、すぐに首を横に振った。
「周ちゃんといられたらいいよ」
 はにかんだ笑顔で言うに周助は顔を綻ばせる。
 可愛い妻が愛しくて、周助は身を乗り出して軽く口づけた。と、の頬がほんのり赤く染まる。そんな彼女に周助はクスッと笑って、口を開く。
「なら、午後から少し出掛けて、ターキーやケーキとかを買ってきてうちでゆっくりするのはどう?」
 は笑顔で頷いた。
「うん!来週が楽しみ」
 今年は結婚してから初めてのクリスマスだから、そういった意味でも楽しみだ。



 25日の朝はいつになく冷え込んでいた。
 空色はわずかに灰色で晴れているとは言い難い。
 けれど、どんより空とは反対に、の心は晴れていた。周助とクリスマスを過ごせるのが嬉しい。
 朝起きてクリスマスツリーの下にプレゼントを置きに行ったら、先に周助がプレゼントを置いていて、それもまたの心を弾ませた。
 アメリカでは学校はもとより、多くの会社がクリスマスは休みだというから、素敵だなあとは思う。



 軽いお昼ご飯を食べて、二人は自宅を出た。
 夕方には帰宅予定なので、はボアのデニムシャツワンピースに温かいハイネックという服装にした。靴はロングブーツを選び、膝までのウールコートを着てマフラーと手袋もしている。
 周助は黒い裏フリースのシャツに数年前にから貰った彼女の手編みの白いセーターにチャコールのパンツだ。彼の上着は紺色のロングコート。マフラーはが選んだ赤いチェック柄のものを巻いている。
 街中は人が多く混んでいてにぎやかだ。
 二人は仲良く手を繋ぎ、人混みの中を歩いている。
「本場のクリスマスってすごいね」
 が右側を歩く周助を見上げて楽しそうに言った。
「ああ。クリスマスは一番気合いが入るらしいよ」
「あ、そっか、クリスチャン多いのよね。……来年ミサとか行ってみたいけど、そういうのってクリスチャンじゃなくても行っていいのかな?」
 の疑問に周助は緩く首を傾げる。
「いいと思うよ。信仰心が篤くないとダメっていう話は聞かないし。来年はそうしようか」
 二人きりではないかもしれないけど、と周助は心の中で付け加えた。結婚して半年が経つし、一年後に家族が増えていても不思議ではない。
 雑踏の中を歩いて向かったのは、見上げるほど大きなクリスマスツリーだ。
 キラキラ光る青いリボン、赤や金の玉飾り、てっぺんには星がひとつ飾られている。ツリーには豆電球程の電飾がところどころ回してつけられ、黄色や赤や青い光が明滅していた。
「夜じゃないのに点灯してるね」
 少し驚いたようにが言った。
「ずっとつけたままなんじゃない?」
「そうなのかな?もったいないね」
 電気代かかっちゃう、と呟くに周助はクスッと笑った。
「ソーラーパネルで発電だったりするかもしれないよ」
 うん、と頷くはあまり納得していない表情なので、周助は話題を転じた。
「ねえ、。ケーキはどんなのにする?やっぱりイチゴかな?」
「うーん……ケーキとイチゴと両方買うのはダメかなあ?」
 しばらく考えたは周助を見上げ、うかがうような表情で小首を傾げた。
「フフッ、いいよ。ケーキとイチゴ、買って帰ろう」
「うん!」
 は嬉しそうに頷いて、周助にぽすんと抱きついた。
「ありがとう周ちゃん」
 周助は抱きついてくるの細い腰に腕をまわして、華奢な体を抱きしめた。
「そんな可愛いことされたら我慢できないよ」
「え…っ、ん…っ」
 周助は目を丸くするの柔らかな唇にキスを落とす。彼女の唇を味わうようなキスをして、名残り惜しむように唇を離した。
「…っ、しゅ、…も」
 こんなところでキスするなんて、と頬と耳を真っ赤に染めたの顔が語っている。
が可愛いからだよ。それにみんな自分たちに夢中で周りなんて見てないと思うけど」
 そうだろうか?けれど、それを確かめる勇気はにはない。周りを見渡してもし目が合ってしまったら、それこそ恥ずかしい。
「さ、買い物しよう」
 周助がにっこり笑う。
「……怒ってる?」
 黙っているの顔をのぞきこんで周助は訊いた。
 ない、と小さな声で答えると、周助は「よかった」と微笑んで、を解放すると彼女の手を取って、指を絡めて手を繋いだ。
「どこの店に行く?」
 周助が希望を訊いてくれたので、はイチゴとおつまみ、ターキー、ケーキの順に回って買うのはどうかと提案した。


 周助の左手には大きめの紙袋がふたつ。右隣を歩くの右手には四角い紙袋がひとつ。
 全部でみっつの紙袋に入っているのは、本日の夕食だ。
 ローストターキーは持ち帰る間に冷めるので温めなおす必要があるが、オードブルはそのままでいいし、イチゴは軽く洗って、ケーキはカットするだけなので、パーティーの準備に時間はかからない。
 親しい友人を招いてパーティーのほうが楽しくていいのだろうが、あいにく日本ではないので、家に招待するほど親しい人たちがいない。
 でも、周ちゃんがいてくれるからいい。
 胸の内で呟いて周助のほうを見ると、彼と視線が重なった。ブラウンの瞳には優しい光が浮かんでいる。
「どうしたの?」
 柔らかな声で微笑んで問うてくる周助に、は嬉しくなって、甘えるように彼の右腕に頭をちょっとくっつけた。
「周ちゃんといられて嬉しいなって思ってたの」
「僕も君といられて嬉しいよ」
 左手がふさがっていなければ抱きしめられるのだが、あいにく食材でふさがっているので、右腕をの右肩に回してそっと抱き寄せた。
 の額に触れるだけのキスを落とすと、彼女はびっくりしたように黒い瞳を丸くして、ついで頬を赤らめた。
 周助はフフッと笑っての肩から腕をほどく。
「雪が降ってくる前に帰らなきゃね」


 日が落ちて完全な暗闇が訪れる間際に、帰宅することができた。夜を過ごせるほどの防寒対策をしていなかったので、帰りは少しばかり肌寒かった。
 家の中に入り、まず暖房を入れた。ケーキとイチゴは冷蔵庫に入れ、メインのターキー、オードブルやブレッドはダイニングテーブルに置く。
 着替えをすませて、手分けしてパーティーの準備を始める。
 二人きりのパーティーだけれど華やかにしたくて、は前もって用意していた赤いキャンドルや小さなクリスマスツリーをテーブルに飾った。物足りない気がして、リビングのローテーブルに飾ってある花を持ってきてテーブルに置いた。
 グラスやジュースを出したり、買ってきたオードブルやブレッドなどを金縁の皿に出して盛り付けていると、温めなおしたターキーを手に周助が姿を見せた。
「素敵な飾りつけだね」
 周助はそう言いながら、ターキーをのせたオーバル皿をテーブルの中央へ置く。
「地味じゃない?」
「そんなことないよ」
「そう?ならよかった」
 ほっとしたように笑うに周助は微笑み返す。
「冷めないうちに食べよう」
「うん。私ターキー食べるの初めて」
「たいがいチキンが多いよね」
 会話を弾ませながら、いつもの食事と同じように、斜向かいに席につく。
 ゴブレットにお互いにリンゴジュースを注ぎあう。
「メリークリスマス!」
 異口同音に口にして、グラスを軽く合わせた。
 はジュースを一口飲んでから、周助がナイフで切ってくれたターキーを口に運んだ。
「わ、ジューシーで美味しい」
「…うん。それに濃厚な味だね」
「ワインとか飲みながら食べたら、もっと美味しいのかな?」
「フフッ、かもね。お酒が飲めるようになるまでおあずけだね」
「ふふ、そうね」
 美味しい料理をゆっくり楽しんでいると、時間はあっという間に過ぎていた。
 まだ三分の一ほどの料理とターキーは半分ほど残っているけれど、全部食べるとケーキとイチゴが入らなくなるので、明日に回すことにした。
 簡単にテーブルの上を片付けて、クリスマスケーキはリビングのソファで食べることにした。
 周助が用意してくれるというのでそれに甘え、ソファに座ってテレビをつけると”クリスマスキャロル”が放送されていた。
 音量を下げ、なんとなくそれを見ていると、「お待たせ」と声がかかった。手持無沙汰でつけただけのテレビを切り、周助に視線を向ける。
「イチゴいっぱいのってる」
 トレイからローテーブルにケーキがのった皿と紅茶が移るのを見つつ、は弾んだ声を上げた。
 メインは何種類かのフルーツがのったチーズケーキなのだが、イチゴに釘づけなに周助は愉しそうに微笑んだ。
「まだあるから、明日も食べられるね」
 嬉しそうに頷くの隣に周助は座った。


 ケーキとイチゴを食べ終わって少し経った頃、二人はリビングのツリー前に移動した。
 家は土足厳禁なので、カーペットを敷いた床に並んで座る。
 メリークリスマス、と先に言ったのはだった。
 今朝ツリーの下に置いたプレゼントを周助に差し出す。
「ありがとう、
 周助は受け取ったプレゼントを一度置いて、自分からのプレゼントをメリークリスマスと言いながらに渡した。
「周ちゃん、開けていい?」
「もちろん」
「じゃ、せーので開けよ?」
 の提案に周助はクスッと笑って頷く。
「いいよ」



 クラシックが静かに響くリビングのソファで、は周助にもたれかかり、静かな寝息を立てていた。
 の胸元には、周助がプレゼントした5つの宝石の花が不規則に3センチほど繋がったプラチナのネックレスがかかっている。
 一晩中起きていたいな、とは言っていたけれど、時計の針が11時を少し過ぎる頃に寝てしまった。
 の寝顔を周助は色素の薄い瞳を細めて見つめる。
「おやすみのキス、まだしてないよ?」
 耳元で甘く囁くと、「ん」と小さく声を上げてが身じろぎする。
 周助はフフッと笑って、を起こさないように慎重に彼女を抱き上げ、寝室へ連れて行った。




 END



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