不二篇




 周助はゆるりと瞼を押し上げた。
 目を開けて一番に映った見慣れない天井に、ここはどこだと思ったのは、瞬きひとつ分。
 フラットを借りて泊まっていることを忘れるなど、今頃になって時差ボケでもしたのだろうかと小さく苦笑した。
「あれ、?」
 腕の中に抱きしめて眠った彼女の姿がない。
 こちらに来てから彼女が自分より先に起きたことはないのだが、今朝は先に起きたらしい。
 時計を見れば午前8時を過ぎていた。
 少し寝すぎたか、と周助は起き上がるとリビングへ続く扉を開けた。
「おはよう、周ちゃん」
 扉の開く音に気がついたが首を傾げて微笑む。
「おはよう。 よい香りがするね」
 香ばしい香りが部屋に広がっている。
「コーヒー淹れたの。でも周ちゃん起きてきちゃったから残念」
「どうして?」
「昨日も一昨日も、その前の日も、周ちゃんが紅茶をベッドに持ってきてくれたから、今日は私がそうしようと思ったの」
 そう言って拗ねるに周助はクスッと微笑む。
「じゃ、ベッドに戻ろうか」
 楽しそうに言う周助に、は「もうっ」と膨れるが、その顔も可愛くて周助はクスクス笑った。
、機嫌直してよ。ね?」
 周助はに近づくと、彼女の手にあるポットを取り上げて、白い頬にキスをした。
「……キスでごまかした」
 言いながらも、の頬が赤く染まっていく。
 周助はそれに満足して、笑みを浮かべた。
「じゃ、が淹れてくれたコーヒーを貰おうかな」
「あ、ダメ!私が周ちゃんに淹れるんだから」
 コーヒーポットを取り返えそうとするに周助はそれを渡した。
 座って待ってて、と言われた周助は頷き、二人掛けのソファへ腰を下ろす。
 コーヒーをカップへ注ぐへ向ける周助の視線は、とても優しい。
 秀麗な顔には愛しさが溢れた微笑みが浮かんでいる。
 彼の全部が、が愛しくてならない、と語っている。
「はい」
「ありがとう」
 コーヒーカップを受け取ると、は周助の隣に座った。
「あれ、は飲まないの?」
 見れば、の手にはカップがない。
「うん。だって周ちゃんに淹れたんだもん」
 嬉しそうにが笑う。
「…天然て手に負えないね」
 呟く周助に、は不思議そうに首を傾げる。
「飲まないの?」
「いただくよ。をもらってから、ね」
 周助は可憐な唇へ啄ばむようなキスをした。
「…美味しい」
 唇を離した間際に囁くと、の顔が真っ赤に染まった。
「お、美味しいって言って欲しいのはコーヒーになのっ」
 ぷいっと視線を逸らすに周助は楽しそうに笑って、愛しい妻が淹れてくれたコーヒーに口をつけた。




END



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