the day before




 柔らかな陽射しが優しく入り込む、昼休みの教室。
 不二は窓際から二列目、後ろから三番目の席で、左手で頬杖をつき、文庫本を読んでいた。それは先日手塚から薦められたもので、なかなか面白い。
「よっしゃー!」
 教室の廊下側から元気な声が響く。
 声の主――菊丸は、男女のクラスメート数人と一緒にいた。
「うおー、負けたーっ」
 チョキを作った右手の手首を左手で掴んで、ぐおお、と落ち込む男子生徒を尻目に、クラスメートはそれぞれの感想を零す。
「強いねー」
「全部一回勝ちだもんなあ」
「ああ、半額券があ〜」
 頭を抱えて落ち込むのは、残り少ない今月の小遣いでも買うことができる券を取り逃がした女子生徒だ。その子は傍にいる友達に、そんなに食べたいなら1個おごってあげるから、となぐさめられている。
「んじゃ、勝者は菊丸に決定ってことで。 ほい、菊丸」
 貰ったけど使わないから、と言った男子生徒が菊丸へ勝利品を差し出す。
「サンキュー!」
 名刺サイズほどの紙を菊丸は受け取った。
 真ん中にカラフルな文字がかかれ、右下隅に変わったライオンのイラストが入っているそれは、ドーナツショップで使える半額券だ。いま期間限定で売り出されているドーナツを買える券で、菊丸を含めた5人が、これを賭けてじゃんけんをしていたのだった。
 そして、4人全員に一回で勝った菊丸は、勝者として受け取ることができた。
 菊丸はステップしそうな足取りで、窓際で読書する友達のところへ行った。
「不二不二ーっ」
 読みかけの本に栞を挟みながら、不二は視線を菊丸へ向ける。
「見事にゲットー」
「よかったね」
 嬉しそうに券を見せる菊丸に、不二は瞳と口元に笑みを浮かべて言った。
「うん!でさ、今日の帰り付き合ってくんない?」
 不二の隣の席が空いていたので、それに座りながら菊丸が訊いた。
「え…付き合うって、もしかして、」
「そ、ドーナツショップ」
 不二がみなまで言うより先、菊丸は行き先を口にした。
「買いたいドーナツがあるんだ」
 えへへ、と照れ笑いをする菊丸に不二はクスッと笑った。
 自分にではなく、彼女へ買って帰るのだろうということを、彼の笑みが語っている。
「いいよ」
「やっりー」



「不二、付き合ってくれてサンキュー」
 菊丸は嬉しそうな顔で、紙袋を大切そうに抱えていた。それには、昼休みにクラスメートから貰った券で買った、期間限定のドーナツが入っている。
「うん。無事に買えてよかったね」
 ドーナツショップへ行く道すがら、菊丸が買えなかったらと心配していたから、不二としてもあってよかったと思った。
 帰る方向が違うので、店からしばらくしたところで別れた。
「じゃあね、英二」
「おう!また明日!」
 一人になった不二は、明日の昼休みに、店で見たドーナツのことを彼女に話そうかな、と思いながら、家路に着いた。




END


it continues【answer -Fuji ver-】【answer -Kikumaru ver-】


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