So Sweet




 木々の葉が陽光を受けて煌いている。
 若葉の薫りを乗せた風が頬を撫でるように優しく流れていくのも心地よい。
 空は青く晴れ渡り、ほのかに雲がたなびいている。
 そんな快晴の空の下、菊丸は足取り軽く駅の改札口へ向かった。
 今日は日曜日。
 部活は休み。
 天気はいい。
 そしてなにより、これから彼女とデートなのだ。
 心も気分も絶好調に弾む。
 ほどなくして、駅の改札口が視界に映った。
 電車が着いたばかりなのか、人でごった返している。その中に菊丸は愛しい彼女の姿を発見した。
「グッドタイミング」
 菊丸は呟いて、彼女の傍へ急行した。
ちゃ〜ん!」
 右手を挙げて大きく振ると、気がついたはぱっと笑みを浮かべ、彼女からも彼我を縮めた。
「あっ!」
「えっ?なに?」
 突然声を上げられて、はびっくりして目を丸くした。
「ワンピース可愛いにゃ」
 にこにこにっこり言われて、は白い頬をほんのり赤く染めた。
「あ、ありがとう」
「んじゃ、行こっか」
 言葉が終わるより先、菊丸は彼女の華奢な右手を左手で取って手を繋いだ。
 そして二人はドーナツショプへ行くべく歩き出した。


 数日前、菊丸はにハートの形のドーナツをプレゼントした。彼女はとても喜んでくれて、菊丸は嬉しかった。
 そしてそのドーナツを食べたが言った。
 ――今度は二人で食べに行ってみたいな
 ――えっ!?
 驚いたのは一瞬。すぐに菊丸は笑みを顔中に広げた。
 ――じゃあさ、今度の日曜日なんてどう?
 学校帰りの制服デートもいいけれど、久しく休日に会ってのデートをしていない。それゆえの提案だった。今度の日曜日は部活が休みだから、心行くまでデートができる。
 ――うん、行きたい
 ――決ーまり!
 小さな子がするみたいに小指を出したら、はにかみながらは小指を絡めてくれた。
 そして今に至る。



 一方、菊丸がと合流した頃のこと。
 二人が向かっているドーナツショップには、菊丸の友達が――正確には、友達カップルがショーウィンドウに並んだドーナツを見ている最中だった。


 数日前、クラスメイトの友達の菊丸に付き合う形で、不二は初めてこのドーナツチェーン店を訪れた。その際に菊丸が彼女にあげたくて買ったドーナツというのがハートの形をしていて、そのことをに話した。
 彼女は食べたいとは言わなかった。けれど、とならまた行ってみたいな、と思ったから、を誘った。
 ――ねぇ、明後日の日曜日、予定空いてるかな?
 定着しつつある夜の電話で、不二は訊ねた。
 ――うん。朝からずっと空いてる
 不二がこういう訊き方をする時はいつもデートのお誘いなので、は二つ返事で頷いた。
 学校帰りの制服デートも嬉しいけれど、休日に待ち合わせて私服でデートをするのは、時間をあまり気にしないでいいからもっと嬉しいのだ。
 嬉しそうな彼女の声に不二の顔に優しい微笑みが浮かぶ。
 ――よかった。じゃあ、花屋の前で10時に待ち合わせでいい?
 ――うん。今から楽しみ
 ――フフッ、僕もだよ
 この時不二は行き先を言っていなくて、それを言ったのは数分前のことだった。は少し驚いたけれど、先日のことを覚えてくれていたのだろう。彼女は笑顔で頷いた。
 そしてドーナツショップへ来たのだった。
「……どっちにしようかな」
 ハートの形のドーナツが二種類あるのは知らなかったので、どちらを頼もうか悩む。
「2つとも頼んで半分こするのはどうかな?」
「えっ?」
 驚いた顔で見上げてくるに不二はにっこり笑う。
のことだから、2つ食べたら太りそう、なんて考えてるんじゃない?」
「う…」
 不二はから飲み物は何がいいか聞きだして、ドーナツと一緒にさっさと注文してしまった。
 実に鮮やかな行動では口を出す間がなかった。
 店内中央左よりの席に、二人は向かい合わせに座った。
「はい、
 ドーナツを取るように皿を薦められ、はココナッツがついたホワイトハートのドーナツを取った。
「あれ?半分にしちゃうの?」
「え?だって半分こにするんでしょう?」
「それだと――」
「ふっ、不二! 何やってんの?」
 突然耳に声が飛び込んできた。
 不二は少し驚いてすぐにいつもの顔に、はびっくりして瞳を瞬いた。
「何って、ドーナツを食べようとしているところだよ」
「不二がドーナツ?」
 ほえーっ、と菊丸が瞳を丸くする。
 先日ドーナツを買いに付き合わせたくせに、この反応はどうだろう。わずかに心外な不二である。
「あのー」
「何?
「とりあえず座ったらどうかな?」
「ああ、そうだね」
 の言に不二が頷く。
 菊丸はドーナツと飲み物が載ったトレイを手に通路の真ん中に立っていて、通行人の邪魔になっていたのだ。
 菊丸は周囲を見渡し、空いている席を探した。が、先ほど空いていた席は一人席以外が埋まっていて、二人で座れる席は不二たちの隣だけになっていた。そしてその席は、が気を利かせてバッグを置いて確保してくれていた。どうやら次々に埋まっていく席を見ての判断だったらしい。
「不二たちもハートのドーナツなんだ」
「うん、となら食べたいなって思ったんだ」
 にっこり微笑む不二に、菊丸はドーナツを食べる前から”ご馳走様”という気持ちになった。
「そ、そう。んじゃ、あとは二人でごゆっくり」
「ああ、遠慮なく」
 不二の言った遠慮というのが何に対してのことなのか、菊丸は別に気に留めていなかった。
 それがわかったのは、しばらく経った頃。
 との話にもちゃんと集中しているのだが、隣にいると気になってしまってごくたまに意識が向いてしまう。
「あのね、不二くん」
「ん?」
「半分こにするの、やっぱりやめない?」
「どうして?」
 緩く首を傾げる不二には困ったような恥ずかしそうな瞳を向ける。
「だって、その……は、恥ずかしいから」
「わかった。でも、一口くらいくれるよね?」
 言いながら不二は手を伸ばし、がドーナツを持つ手を捕らえた。
「えっ?不二くん?」
 戸惑うの手を引き寄せ、彼女が食べているドーナツに噛り付いた。
 瞬く間に頬を赤く染めるに不二は瞳を細めて微笑んだ。
「そっちのも美味しいね」
「……菊丸くん」
「ごめんにゃ、ちゃん」
「ううん。席が空いてなかったんだもの。仕方がないわ。でも、」
「明日また来よう。んでもって、二人でラブラブしよ」
「うん。明日もハートのドーナツ食べようね」
 顔を近づけて小さな声で話す菊丸とは、隣の席に負けず劣らず、チョコがかかったドーナツよりはるかに甘い空気に包まれていた。




END



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