落ち葉




 乾いた風が吹き、路上に落ちた木の葉がカサカサと音を立てる。いくつかの赤く色付いたモミジの葉が宙に舞った。
 その風景の中に、長く艶やかな黒髪の女性が一人いた。
 彼女は青春台の高台にある公園の一角、大きな紅葉の樹の下にあるベンチに座り、読書をしている。
 そして時折少し厚めの本から目を離し、シルバーチェーンの腕時計に目を遣って微かなため息を漏らし、再び本を読み始めるという行動をしている。
 それからほどなくして、ベンチに座るのところへ走ってくる人影があった。
 左肩に海の青を閉じ込めたような色をしたテニスバッグをかけ、額にうっすら汗をかいている。
 その姿をはほっとしたような表情で見つめていた。
 そのうちに周助との距離は縮まっていく。
さん、ごめん。待ったでしょ?」
 は首を横に振った。
「いいえ、ここに来てから5分くらいしか経ってないから」
「クスッ、あなたは嘘が下手だね」
 言いながら、周助は白く細い手をそっと取り、両手で包み込む。
「ほら、こんなに冷たくなってる。もっと前からいたんでしょ?」
 髪の色と同じ夜空色をした瞳を見つめて言うと、はちょっと俯いた。
「仕事が定時で上がれたから…今日は早番だったし…だから…」
「だから?」
 言葉の続きを促すように言うと、は白い頬にわずかに赤みが差す。
 まっすぐに見つめてくる周助の瞳が恥ずかしくて、少しだけ視線を外した。
「…約束の時間には早かったけど……周助くんに早く逢いたかったから」
 その言葉に周助は切れ長の瞳を細めて嬉しそうに微笑んだ。
「僕もだよ。早くあなたに逢いたい、って思ってた」



 周助がと出逢ったのは、二週間前。
 その日は放課後の部活が顧問の出張で休みになった日だった。
 以前から夕方の川辺の風景を撮りたいと思っていた周助は、この機会にと思い、愛用のカメラを持って青春台を流れる川に足を運んだ。
 そして、そこでと出逢った。


 これが【恋】かと訊かれたら、二人とも「わからない」と答えるくらい、二人の関係は曖昧なものだ。けれど、お互いに惹かれているのは間違いない。
 「好き」と言えるほど相手のことを知っている訳でなない。けれど「嫌い」というには遠い。

【気になる人】


 そんな表現が適しているような関係。



「ねえ、さん」
「なに?」
「紅茶は好き?」
「うん、好きよ」
 手を握ったまま突然された質問に、驚きに数回瞳を瞬きさせては頷いた。
 すると周助はにっこりと笑った。
「よかった」
「なにがよかったの?」
「僕はコーヒーより紅茶が好きなんだ。だからね、あなたが紅茶が好きでよかったなって」
 嬉しそうに笑う周助には不思議そうに首を傾けた。
 長い黒髪が動きにあわせてさらりと流れる。
「周助くん、よく意味がわからないんだけど?」
「いいよ。今はわからなくても、ね」
 周助が何を言いたいのか意味を掴めないは、眉を顰めた。
 そして拗ねたように、ほんの少しだけ唇を尖らせる。
「周助くんて優しいだけじゃなくて、ちょっと意地悪なのね」
 強い風が吹いたら風の音にかき消されてしまいそうなほど小さな呟きだった。
 だがそれは周助の耳にしっかり届いていて、 周助は色素の薄い瞳を細めてクスッと微笑んだ。
さんは優しい男がタイプなの?」
「・・・え?」
「僕じゃダメかな?」
 そこまで言われれば、多少鈍感なにも周助が何を言いたいか察しがついた。
 けれど、どう答えればいいのだろう。
 少し考えて、思うまま言うことにした。
 自分の正直な気持ちは周助に届く気がしたから。
「わからないけど…私は…周助くんに惹かれてる」
 答えて、は周助の秀麗な顔をじっと見つめた。
 夜空色の瞳は「それじゃダメ?」と語っている。
 そんなに周助は首を緩く左右に振った。
「ダメじゃない。今はそれで十分だよ。 ありがとう、さん」
 穏やかに微笑む周助に、はほっとしたように微笑み返した。


 緩やかな風に色鮮やかなモミジが石畳の上を滑るように舞い、夕焼けの空に落ち葉がヒラヒラと舞う。
 その中を手を繋いで並んで歩く。
「駅から少し離れた所にある専門店なんだけど、さん知ってる?」
「ううん。紅茶は好きだけど、あまり詳しくないのよ」
 そんな話をしながら、周助とは公園を後にした。
 深まる秋のように二人の距離が深まるのは、そう遠い日のことではないだろう。




END



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