あなたの声は特別――― あなたの声が大好き 男の人にしては少し高めな声 耳に心地いいの 一番好きなのは、私を呼ぶときのあなたの声 「」 ただ名前を呼ばれただけなのに、とても嬉しくなるの だから、もっと私の名前を呼んで? Voice 不二はいつものように昼休みを利用し、のクラスを訪れた。 は不二の後輩で二年生。そして、青学男子テニス部唯一のマネージャーだ。 二年三組の教室内を廊下の窓越しに見るが、教室に愛しい彼女の姿はない。 おかしいな。この時間に僕が来るのはわかってるはずなのに…。 訝しげに思った不二がを探しに行こうとした時、後ろから声を掛けられた。 「不二先輩、こんにちは」 振り返った不二の色素の薄い瞳に映ったのは、の親友だった。 「ちゃん、丁度良かった。ねぇ、がどこにいるか知ってる?」 のの親友なら確実に居場所を知っているだろうと思い、不二は訊いてみた。 「なら職員室ですよ」 「職員室?」 彼女とは結びつきが薄そうな単語を訝し気に繰り返すと、はコクンと頷いた。 「はい。さっき四限目の授業が終わったあと、先生に呼ばれていたから」 から意外な事を聞かされて、不二は柳眉を顰める。 が職員室に呼ばれた理由に全く検討がつかない。例えばが職員室に呼ばれた、という話を10人にしたとする。だが、その10人全員が不二と同意見になるほど、彼女は真面目な少女なのだ。 「理由は知っている?」 不二の質問には首を傾けて考える仕種を見せた。 「…たぶんなんですけど」 そう前置きして、は授業中にあったことを思い出しながら、不二に説明を始めた。 「……次に32ページの文章を誰かに訳してもらおう」 クラス担任であり古典担当の教師が、黒板に書いた古文を指で差し生徒全員を見回す。自信がありそうな生徒もいれば、辞書を繰る生徒もいる。 「それでは…、訳してみろ」 「………」 「、お前だぞ?」 返事のないに教師は更に名を呼んだ。けれど、が立ち上がる気配はない。それに気がついた左隣の席のは、の制服の袖を引っ張った。 「、さされてるよ」 制服を引かれている感覚との小声に、 ハッと我に返った。ガタンと音を立て椅子から慌てて立ち上がる。 「はっ、はい」 「この文章を訳してみろ」 「…わかりません」 「そうか。座っていいぞ。では中條、訳してみろ」 は教師に見つからないように、にボソボソ話し掛ける。 「珍しいね。 が答えられないなんて」 そう言って視線を滑らせたの瞳にのノートが映った。よく見ると、綺麗な文字で授業でやっている箇所の古文の訳が全て書かれている。 どうしたのかな、と顔に書いたはを見た。けれどは何かを考え込んでいるようで、 小声で名前を呼んでみたが、全く届いていないようだった。 そして授業終了後。の様子をおかしいと思った担任が彼女を職員室に呼び出した。 「ちゃんは心当たりある?」 「いいえ、全くわからないんです」 申し訳なさそうに首を横に振るに、不二は「気にしないで」と声をかける 。 「職員室に行ってみるよ。教えてくれてありがとう、ちゃん」 「いいえ。…先輩、をお願いしますね」 「もちろんだよ」 不二は安心させるように笑顔を向けた。 そして教室を後にして、まっすぐ職員室を目指した。 は職員室で少し説教されただけで教師から解放され、教室に向かっていた。 少しぼんやり歩いていたは、廊下の角を曲がった所で出合い頭にぶつかってしまった。 「きゃあっ」 は小さな悲鳴を上げ、後ろに転倒しそうになった。 ある程度の衝撃を覚悟して目を瞑っただったが、幸運にも倒れずにすんだ。 誰かに支えられている。そう思って瞳を開けると、体を支えてくれている人物と目が合った。 「周助先輩…」 「大丈夫?」 がコクンと頷くのを見届けると、不二は安堵の息を吐いた。 「ぼんやりしていると危ないよ」 「ごめんなさい」 しゅんと項垂れて謝るの姿が愛しくて、不二は柔らかな彼女の髪を大きな手で優しく撫でた。 「もういいよ。それより用事は終わったの?」 「用事?」 「うん。職員室に呼ばれたってちゃんから聞いたから」 様子を見に来たんだ、と不二は続けた。 その途端、の表情が僅かに曇ったのを不二は見逃さなかった。 「、先生に何かきついことでも言われたの?」 は力なく首を横に振って、無理矢理に笑顔を作る。 「違います。何でもないですよ」 「嘘ばっかり」 心配させないように言っているということなど、すぐにわかる。 「嘘じゃないです」 「それならどうして僕の顔を見ないの?」 の薄い肩がびくっと震える。 不二は色素の薄い瞳を細めて、目線をと同じ高さに合わせた。 「僕じゃ頼りにならない?」 不二の声に悲しさが含まれていることには気が付いた。けれど、顔を上げることができない。 「…頼りにしてます」 「なら、もっと僕を頼って欲しい。僕はの不安を全部取り除いてあげたい」 「だっ…ら、……でく……い」 「え?」 の声があまりにも小さく、不二は聞き取ることができなかった。 「…呼ばな……でください」 言葉はもう一度紡がれたが、聞き取れたのは言葉尻だけで初めの言葉が聞き取れなかった。 「?」 弱々しい声は、明らかにいつもと様子が違うのを物語っている。不二が困惑しながらも恋人の名前を呼ぶと、彼女の視線が向けられた。 「私以外の子を名前で呼ばないでください」 今度ははっきりと聞こえた。 「私以外の女の子を名前で呼ばないで…」 黒い瞳の眦から涙が零れ落ちる。涙に濡れた瞳で訴えるに、不二は胸が痛んだ。 不安にさせたくない。いつだって守りたい。 そう思っていたのに、不安にさせていたのが自分自身だと思うと無性に腹立たしい。 けれど今は大切な恋人をこれ以上泣かせたくなかった。 不二は壊れ物を扱うかのように、細い体を腕の中に閉じ込める。 「ごめんね。もう以外の子を名前で呼んだりしないから」 誓うようにの耳元で優しく囁く。 「」 名前を呼びながら、不二は抱きしめる腕に少しだけ力をこめた。 「もう泣かないで」 柔らかな優しい声には不二の腕の中で小さく頷いた。 END BACK |