確信犯




 なにか聴こえる…
 温かくて心地よくて…
 例えるなら、春の日射しのような澄んだ音
 どこまでも優しい――

「・・・・・?」
「・・・・ん・・」
「・・・・・・よ」
 なに?よく聴こえない。


 ぼんやり瞳を開けると、目の前に旦那様の顔があった。
 目が合うと彼はにっこり笑う。
「おはよ、朝だよ」
「周くん・・・」
「よく寝てたけど、まだ眠そうだね」
 クスクスと笑って周くんは言った。
 その言葉に私は彼から視線を外す。
「周くんのせいでしょ。私――」

 もうダメって言ったのに
 許してってお願いしたのに


『ごめん、。まだまだ足りないんだ』


 何度も掠れた声で言われて
 あんなに激しくされて
 眠れたのは夜明け間近なんだから


 そう言うと、彼は私の顔を覗き込んだ。
 私の前髪をそっとはらって、額にキスを落とす。
「ごめん、。機嫌直して?」
「やだ」
 そんなんじゃ許してあげない。
 すると彼は諦めたようにため息をついた。
「ダージリン淹れてくるから、機嫌直して?」
 私は立ち上がった周くんのシャツの袖をクイッと引っ張る。
「タルボのダージリンがいい」
 言うと、彼は嬉しそうに笑いながら。
「クスッ、しょうがないな、は。じゃあ淹れてきてあげるね」
 にっこりと笑って言われて、私は怒っていたはずなのに、そんな感情はどこかへ飛んでしまった。
 我ながら単純だとは思うけど。
 でも、さりげなく優しい周くんが大好きだから。
「うん…ありがとう、周くん」
「そのかわり、あとでご褒美くれるよね?
「え……?」
「楽しみにしてるね」
 とても嬉しそうに笑って、周くんは寝室を出ていった。

 ご褒美って何?
 だって、昨夜のお詫びでダージリン淹れてくれるんでしょ?
 どうして私が周くんにご褒美をあげないといけないの?

 周くんは有言実行、無言実行の人。
 だから、諦めた方が懸命かもしれない。
 ひとつため息をついて、ベッドから起き上がろうとした。
 でも起きあがれなくて、身体は再びベッドに沈んだ。

「周くんのバカ・・・」

 普段は昨夜のように激しくないから、ちゃんと起きられるのに。
 時々だけど、彼は昨夜のように激しく私を抱く。

 肌を撫でるように滑る指先は優しいけど熱くて。
 キスは甘くて深くて、気が遠くなりそうで。
 身体に落とされるキスは熱くて、どうにかなってしまいそうで。
 何度も限界まで追い込まれて、何度も落とされて。
 おかしくなってしまいそうで必死に彼を止めたのに。
 それでも周くんは――

 そこまで思い出して、途端に恥ずかしくなった。
 掠れた声で私の名前を何度も呼んで、荒い呼吸を繰り返しながら愛してくれる彼の姿を思い出してしまって、頭にかあっと血が上る。
 周くんは傍にいないけど、恥ずかしくなって顔を枕に埋めた。

 少しして、寝室の扉が開いた。
 それと同時に香り高い紅茶の香りが近付いてくる。
 カチャンと音がした。きっとサイドテーブルにティーカップを置いた音。
 ギシッとスプリングの軋む音がして、ベッドの端に周くんが座ったのがわかった。
「お待たせ、
 枕から顔を上げて、視線を彼へ向けた。
 すると彼は不思議そうに首を傾ける。
「どうしたの?」
「なんでもない」
「そう?顔がちょっと赤いね。具合悪い?」
「ううん、大丈夫よ」
「それならいいけど」
「…周くん」
「ん?なに?」
「起きられない」
 彼は色素の薄い瞳を少しだけ見開いた。
 でも、すぐにクスッと笑った。
 少しだけ恨みがましく睨むと、彼は苦笑した。
 私の肩へ腕を回し背中を支えるようにしてベッドの上に起こしてくれる。
「はい、
 私の身体を支えたまま、周くんがティーカップを渡してくれた。
 ティーカップは私のお気に入りのブルーローズ。
 何も言っていないのに、さりげなく気遣ってくれる周くんは、本当に素敵な旦那様。
 時々イジワルだけど、いつも優しくて甘やかしてくれて。
 そっと包み込んでくれる。
 春の日射しのように穏やかに――。
 カップを口に近付けると、少しだけ香ばしい香りを強く感じる。
 それに引き寄せられるように、カップを傾けた。
「…おいしい」
 一口飲んでそう言った。
 すると周くんは私の髪を弄りながら、穏やかな声で答える。
「フフッ、そう?よかった。喜んでくれて」
「ありがとう、周くん」
「クスッ。どういたしまして」
 冷めないうちに温かい紅茶を飲み干した。
 空になったカップをソーサーに戻すと、それが手から取り除かれた。
 そしてカップは周くんの手からサイドテーブルに移った。
 不思議に思って彼の顔を覗きこむと、クスッと笑う。
「ご褒美、楽しみにしてるねって言ったでしょ?」
 耳元で囁かれて、頬にキスが落とされた。
 いつのまにか身体は周くんに抱きしめられていて動けない。
「いまから?」
「うん。いまからだよ」
 にっこりと笑って言われても、あれから数時間しか経ってないのに。
「ダメ!」
「どうしてダメなの?理由聞かせて」
 周くんが原因なのは明白なのに。
 わかってるのにどうして聞きたがるの?
 彼を睨んでみても、全く効果がない。
 彼はニコニコしたまま表情を崩さずに、私を見つめている。
 どことなく笑顔が嬉しそうなのは気のせい?
「ダメなものはダメなの!」
 理由になってないのはわかってるけど、本当のことは言えない。
 だって、恥ずかしすぎるもの。
「昨夜、感じすぎちゃった?」
「…ッ」
「クスッ、顔が真っ赤だよ?」
「しゅ、周くんのせいでしょ!」
「フフッ。可愛い、
「バカ!周くんなんて嫌いっ!」
 恥ずかしさに目元に涙が浮かんだ。
 それを見せたくなくて、彼から瞳を逸らす。
 すると、目元に温かいものが触れた。
「ごめん。泣かせたかったわけじゃないんだ」
 ちょっとだけ冷たい唇で私の目元の涙を拭った周くんが言った。
 声が少し沈んでいる。
「…嫌いなんて言ってごめんなさい。勢いでつい。本当は大好き」
「僕もが好きだよ。愛してる」
「でも、今はダメ。だって…」
「うん。今はダメなのはわかった。だから――」
 今夜、楽しみにしてるよ

 ……なんだかうまく嵌められてしまった?
 今じゃなくて今日はダメって言えばよかった。



 夜、周くんの宣言通り、私は彼の腕の中にいた。
「優しくするから」
 上から私を見下ろして、周くんが微笑む。
 そんな顔をされたら拒めない。
 彼の首に腕を回して抱きついて頷いた。
「…うん」
「愛してるよ、
「私も愛してる」
 甘くて深いキスが唇に落とされて。
 熱いネツが私の中に入って、何も考えられなくなる。
「………愛してる、
「んっ……あぁっ…ッあ…っ」
 甘くて熱い声が何度も私を呼ぶ。
 その声を聞きながら、私の意識は遠ざかっていった。




END

花音さんに捧げます。

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