南
「あら、周助。出かけるの?」
「うん。そろそろ金木犀が見頃でしょ」
僕は愛用のカメラを姉さんに見せて言った。
「どこまで行くの?」
「え?高台の公園だけど」
それがどうかしたのかな?
「それならその公園の南に行くといいわよ」
「南?」
「ええ、きっといいことがあるわよ」
そう言って姉さんはウインクした。
「クスッ。姉さんの占いは当たるからなぁ」
百発百中と言っていい程、姉さんの占いはよく当たる。
占い師だし、本も出しているから当然と言えば当然のことかもしれないけど。
でも、占いの結果がほぼ当るのはすごいことだと思う。
僕の家から歩いて15分程の所に目指す公園はある。
公園までの道を僕は心を弾ませて歩いていた。
姉さんの占いのことも頭の片隅にあったけど、今日は何かいいことが起こりそうな予感がしていたから。
その予感は直感で、僕の直感も姉さんの占いと同じくよく当る。
そう言えば、金木犀があるのは公園の南口だったな・・・。
公園の南口から入ってしばらく歩くと、花をつけた金木犀が見え始めた。
それと同時に目に映った光景に驚いて、思わず立ち止まった。
金木犀の木々の下に置かれているベンチで、僕が密かに想いを寄せているクラスメイトのさんが読書をしている。
しばらく彼女の姿を見守っていると、彼女が読んでいる本の上に金木犀の花がヒラッと舞い落ちた。
さんは花を白い指で摘まみ上げて、ふわっと微笑んだ。
思わず息を飲む。
こんな風に優しく笑うさんを見たことがなかった。
僕は無意識の内にカメラのシャッターを切っていた。
例え一瞬でも見逃したくなくて。
「不二くん?」
僕の存在に気付いたさんの瞳が僕に向けられる。
「こんにちは。読書の邪魔してごめんね」
「ううん。…不二くんはどうしたの?」
「僕は金木犀を撮りに来たんだ」
愛用のカメラを持ち上げてみせる。
「そうなんだ。…あ、私がここにいたら邪魔よね」
そう言ってさんは本に栞を挟んで、立ち上がろうとする。
「あ、待って」
声をかけると、彼女は不思議そうに首を傾げた。
「迷惑じゃなければ、君を撮らせてくれないかな?」
「えっ、不二くんは金木犀を撮りに来たんじゃ?」
「そうなんだけど、気が変わったんだ。 君と金木犀のコラボレーションが素敵だから」
彼女は驚いたように黒い瞳を瞬いた。
まぁ当然だよね。
驚かれるのも無理ないか。
「ダメかな?」
だけど諦めたくなくて、再度訊いた。
すると。
「…私でよければ」
小さな声で、そう答えてくれた。
時間が立つのはあっという間だった。
昼過ぎにここに来たのに、もう夕方になっている。
「今日はありがとう。遅くまで付き合わせてごめんね」
「ううん。私こそありがとう。楽しかった」
「そう言ってもらえると嬉しいよ。 暗くなってきたし、付き合わせちゃったお詫びに家まで送るよ」
もう少し、君と一緒にいたい。
「えっ、いいよ。大丈夫」
彼女は首を横に振った。
「送らせて欲しいんだ。こんな時間に女の子を一人で帰せないよ」
「まだ夕方だよ?」
「君は特別だから」
「…とく、べつ?それって――」
ほんのり赤く染まった頬と瞳を僅かに潤ませる彼女に、僕の胸は期待に膨らんだ。
「僕はちゃんが好きだって意味だよ」
僕は夕暮れの公園で、大好きな女の子を捕まえた。
END
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