怖い




 若葉薫る、五月中頃。
 は晴れ渡った青空の下、学校へ向かっていた。
 週の半分位の頻度でテニス部の朝練を見学するために不二と一緒に登校するのだが、今朝は一人だ。
 昨日、北海道のお土産よと友達からもらったラベンダーのバスドライハーブを入れた風呂に入り、今朝起きても肌に微かなラベンダーの香りがしているのが嬉しくて、周ちゃんに自慢しちゃおうかな、とはルンルン気だった。
 
 学校に着き、昇降口で皮靴から上履きに履き替えるため下駄箱を開けると、上履きの上に白い封筒が乗っていた。
 は首を傾げつつ、封筒を取り出した。
 封筒の表には【さんへ】と書いてあった。それを裏返すと、右隅に【田中】と書かれていた。
 知らない名前の人からの手紙に困惑しつつ、封を切った。
 手紙を一読し、はさっと顔を青ざめた。
 封筒に便箋を戻すのももどかしく、封筒と便箋をそのまま握りしめて走り出す。
 向かう先はテニスコート。に相談しようと思ったのだが、怖い手紙だから不二がいいと思った。
 テニス部はまだ朝練中だったが、はとにかく怖くて、テニスコートを囲うフェンス越しに幼馴染の姿を探した。すぐに彼は見つかったが、呼んでいいものかどうか迷う。
 邪魔になりたくないし、もうちょっとで終わる時間だし、待ってたほうがいいかな。
 彼の練習している姿を見ながら結論付けた時、ラリー練習を終えた彼がこちらを向き、色素の薄い瞳と目合った。いつも優しい瞳が一瞬険しくなったが、は気がつかなかった。
 不二は手塚となにやら話したあと、テニスコートから出てきた。
!何があった!?」
 かけつけてくれた不二には抱きついた。
「どうしよう、周ちゃん」
 震えた彼女の声に、何があったのかと不二は気が気ではない。顔だって青ざめているのだ。怖いことがあったに違いない。
「何があったか、教えてくれる?」
 不二は安心させるように、優しく声をかける。
 は頷いて恋人を見上げた。
「下駄箱に果たし状が入ってたの」
 不二は驚きに瞳を見開いた。
 激昂しそうになる自分を戒め、不二は口を開く。
「それ見せて」
「うん」
 腕を解かれたは、握りしめてぐしゃぐしゃになったそれらを不二に渡した。
 不二は便箋のしわをのばし、に書かれた文字に目を走らせる。

 今日の昼休みに中庭に来て欲しい。君に話があるんだ。

 一読し、封筒の差出人を確認し、不二はに視線を向けた。
 怯えて不安そうな瞳をしている彼女は、これが果たし状だと信じて疑っていないのだろう。
 差出人の名前は田中正樹。男だ。
 要するに、告白したいと遠まわしに書いている文章は果たし状と捉えられなくもないが、そう捉えるほうが難しいのではないだろうか。それに、わざわざ封筒に入れ、宛名を書いたりしないのではないだろうか。
「ねえ、。これさ、ラブレターだと思うよ」
「え?でも、好きですなんて書いてないよ」
 どうやらはラブレターに偏見がある――いや、やはり天然だろう。好き、と書いてなければラブレターとわからないとは。けれど、これはこれで可愛いなあと思う。
「そうだね。じゃあ違うのかな」
 不二はラブレターだと思っているが、口では違うことを言った。
「うん」
 不二は泣き出しそうに顔をゆがめるの頭を撫でた。
「大丈夫だよ。僕が話をつけてくるから」
「この人知ってるの?」
「乾が知ってるはずだから聞くよ。 だからは何も心配しなくていい」
「でも、周ちゃん危なくない?」
 果たし状だと信じて疑っていないは心配そうな顔で不二を見つめる。そんな彼女に不二はにっこり微笑んだ。
「話をするだけだから、大丈夫だよ」
「気をつけてね?」
「ありがとう」



 その日の放課後、テニスコート近くではテニス部が終わるのを待っていた。
、お待たせ」
「お疲れ様、周ちゃん。 お昼休み大丈夫だった?」
「うん。ちゃんと釘を刺しておいたから、もう大丈夫だよ」
「怪我してない?」
 友人のに話したら、不二君が怪我するなんて事ないから大丈夫よ、と笑って言っていたけれど、はこれが一番心配だった。
「してないよ」
「よかった」
 不二はほっとしたように笑うに微笑み返して、華奢な手を取って手を繋いだ。
「じゃあ帰ろうか」
「うん」
 そして二人は仲睦まじく帰路についた。


 昼休みの中庭で、果たし状って言ってたよとか、は僕のだから手を出すなとか、泣かせたら容赦しないとか、不二が冷たい微笑みを浮かべて田中に言ったのをが知ることはなかった。




END



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