絵葉書
「あれ?不二、何を見てるにゃ?」
二時限目と三時限目の短い休み時間に、隣の席の英二が僕が手に持っているものを覗き込むようにして言った。
その問いに微笑みながら。
「からのラブレターだよ」
「えっ?
ちゃんから?俺にも見せて?」
は僕の年上の恋人で、仕事の関係で半年前から渡英している。
英二も
を知っているから、彼女がどうしているのか知りたいという気持ちはわかる。
でも・・・。
「ダメ」
断ると英二はむうっと膨れて。
「不二のケチ!」
「ケチで結構だよ」
いくら友人の英二でも、恋人からの葉書を見せたくはない。
たとえ心が狭いって言われようとも、ね。
のことに関しては一歩も譲れないし、譲りたくない。
それに――。
僕の前では中々本心を見せないだけど、手紙や葉書ではすごく素直で。
この絵葉書も、
『私が一番気に入った風景だから、周助にも見せたかったの』
なんて、可愛いことが書いてあるし。
そして手紙の最後には絶対に書いてある言葉がある。
『日本に帰ったら、一番に周助の顔が見たい』
そんな可愛いことが書いてあったら、誰にも見せたくなくなるでしょ?
それに昨日届いたこの絵葉書には、僕が待ち望んでいた一言が書かれていた。
『27日の正午に、成田に着くから・・・』
今日は23日だから、あと4日。
彼女は『迎えに来て』とは書いてなかったけど、それが彼女の気遣いなのは、付き合い始めた直後にすぐ理解できたから。
は自分のことより他人を優先する。
僕はもっとを守りたいのに・・・。
「もっと君を守ることができるように、強くなってみせる」
そう彼女に告白したら、嬉しそうに微笑んでいたこと。
彼女の家で初めてふたりで迎えた朝のこと。
が傍にいなくても、毎日、毎夜、君のことを想ってる。
早く君の笑顔が見たい――。
そして4日後の27日。
僕は成田空港へを迎えに行った。
今日は平日で、学校は休みじゃないけど。
でも、にすごく会いたくて。
ヒースロー空港発847便が間もなく到着致します――
到着案内のアナウンスが流れて、心が弾む。
もうすぐだ。
北搭乗口からこっちへ歩いてくるの姿が見えて、僕は彼女に向かって手を振る。
するとは一瞬とても驚いた顔をしたけれど、すぐにふわりと微笑んだ。
そして彼女は満面の笑顔で、僕のところへ走ってくる。
僕もに一秒でも早く触れたくて、彼女のもとへ走り出す。
「おかえり、」
そう言いながら、細い身体を抱きしめる。
ずっと触れたいと願っていた温もりをもっと感じたくて、の柔らかい唇にキスを落とした。
「ちょっ・・・周助ッ」
頬を真っ赤に染めて狼狽えるがとても愛しい。
「ごめん。家まで待てなかったんだ。君があまりにも可愛いから」
「も、もうっ」
ふいっと瞳を逸らす仕草も可愛くて、笑みが零れる。
「フフッ。じゃあ、帰ろうか」
彼女のトランクを右手で持ち上げて、左手で白い手をとる。
その時になって、は不思議そうに首を傾けた。
どうやら気がついたらしい。
「ねえ、周助」
「ん?なに?」
「今日って平日じゃなかった?」
「うん、そうだけど」
「そうだけど、なんて普通に言わないの!学校はどうしたの?まさか…」
がとても驚いた顔をしているけれど、僕は頷いた。
「うん、そのまさか。さぼっちゃった」
「さぼっちゃった、じゃないでしょ」
学校をサボタージュさせるなんて、とは僕の隣で慌てている。
登校時間なんてとっくに過ぎてるから、今更じゃないかと思う。
僕のことを心配してくれているのはよくわかるけど、でも――
「仕方ないじゃない。に会いたくて、気が狂いそうだったんだ」
の黒い瞳を見つめて、そう告げた。
君に逢いたくて、声が聞きたくて、抱きしめたくて…君を抱きたくて。
本当に気が狂いそうだった。
「…私もずっと周助に会いたかったよ」
僕と繋いでいる手に僅かに力を込めて、が言った。
彼女の細い指を絡めとるように、手を握り返す。
「今日は一日中…明日の朝まで一緒にいようね」
彼女の耳元で囁くと。
「……うん」
は耳を真っ赤に染めて、 小さく頷いた。
「あ、周助。あなたにお土産があるのよ」
「へえ、なんだろう。楽しみだな」
「ふふっ。周助きっと気に入ってくれると思うんだ」
そんな風にの土産話を聞きながら、僕らは家路についた。
そして夜は――。
二人きりの甘い時間を過ごした。
END
BACK
|