桜色
色素の薄い瞳を細めてにっこり微笑む周助に、は耳まで真っ赤に染めた。4月初旬のよく晴れた日曜日。 は恋人の周助と二人で花見をしにきていた。 あたり一面見渡す限りの桜色の風景だ。 けれど、こんなに見事な風景なのに、 と周助以外に人がいない。 不思議に思った が周助に訊くと、 「ここは穴場だからね」 と、至極あっさりとした答えが返ってきた。 全てにおいて完璧とも言える恋人なら、人が来ないような穴場を見つけることなど雑作のないことかもしれない、とは思った。 早春の風がかすかに吹き渡り、それに応えるように桜の花びらが空を舞う。 はまるで夢の世界にいるような、そんな錯覚を覚えた。 「すっごいキレイ〜!」 は桜の花びらが舞い散る中を、子犬のように走り回っている。 楽しそうにはしゃぐ恋人を、周助はファインダーごしに目で追いかけている。 何度もシャッターを切る音が辺りに響く。 それに気がついた は少し複雑そうな表情を浮かべ、周助の傍へ走ってくる。 「私じゃなくて景色を撮ればいいのに」 「僕は景色より を撮りたいんだ。はしゃいでる君はとても可愛いよ」 瞬時に頬を赤く染め恥ずかしがる に、周助はクスクス笑い出す。 は拗ねたよにむうっと頬を膨らませて、周助を睨む。けれど、赤く染まった頬で周助を睨んでも、まったく効果はなかった。それどころか、周助に追い討ちをかけられてしまう。 「 にそんな顔をされると襲いたくなっちゃうな」 は真っ赤になりながら、なんとかこの状況から逃れようと試みた。 「そっ、そんなことしたら嫌いになっちゃうから」 「それは困るな」 周助が神妙な顔つきになったから、 はすっかり安心してしまった。 やった!勝った? そう が思ったのも束の間。腕を伸ばした周助に抱き寄せられて、華奢な体は瞬く間に彼の腕の中に閉じ込められた。 「・・・なんてね。フフッ、甘いね、」 周助は楽しそうに笑って、腕の中の の頬に軽くキスをした。 「は、離して〜!」 は周助の腕から逃れようと彼の胸を手で押す。けれど、腕の力は弱まらず、抱きしめる腕の力はますます強くなった。 「もうっ、今日はお花見に来たのよ?」 「そうだね。それがどうかした?」 「どうかしたじゃなくって。こんなことしてないで、お花見しようよ」 「うん」 「わかったなら腕を離してよ〜」 二人きりではあるけれど、あまり密着されると気恥ずかしい。 「なんで?」 「いま頷いたじゃない?」 「うん」 「私はお花見しようって言ってるの!」 いつまでたっても解放してくれない周助に、の口調に怒気が混じり始める。 けれど、周助はいつもと変わらない口調で…否、むしろとても嬉しそうな笑みを秀麗な顔に浮かべた。 「だから花見してるじゃない。僕の花は桜じゃなくてだからね」 は一瞬動きを止め、言われている意味がわかると周助に抗議をしようとした。だが、それはすでに遅く、柔らかな唇はキスで塞がれて、は言葉を紡ぐことができなかった。 その後の二人はどうなったのか。 それは桜だけが見ていた。 END BACK |