Special



 春休みが始まって、一週間が過ぎた3月下旬。
 周助は恋人のを自宅に誘っていた。
 今日は、彼女が所属している演劇部は休みで、男子テニス部は本来なら部活があった。
 だが、テニス部の顧問である竜崎に学校関係の仕事が急遽入り、部活に顔を出すことができなくなった。ゆえに男子テニス部は休みとなった。
 だか周助は に「一緒に過ごそう」と電話をかけた。
 学校がある時より学校が休みの時の方が、一緒にいられる時間が少ない。
 こうして二人でゆっくりするのは5日振りだ。
はファーストフラッシュのダージリンが好きだったよね」
 周助は淹れ立ての紅茶をに差し出す。
 普段は周助の母か姉がお茶を淹れてきてくれるのだが、今日はふたりとも外出しているらしい。
「ありがとう」
  は差し出されたティーカップを手にとった。
 白磁のティーカップから紅茶のよい香りが立っている。
 香りに誘われるまま紅茶を飲むと、口の中にみずみずしい味が広がった。
「おいしい」

 嬉しそうに笑うに、周助はフフッと笑う。
「よかった。僕は母さんや姉さんと違って、紅茶を淹れるのはあまり得意じゃないから」
「そんなことないよ。とってもおいしいもの」
にそう言ってもらえると嬉しいよ」

 そして周助は、一緒にいられなかった時間を取り戻すように話を始めた。


 はこんな時間がとても好きだ。
 レコードから流れる音楽。
 窓際にサボテンが置かれている周助の部屋。
 紅茶のよい香りが部屋を満たしていて。

 目の前には大好きな恋人がいる。
、どうしたの?突然黙っちゃって」
 は自分と向かい合って座っている周助に見とれていた。
 二人の間にあるローテーブルに身を乗り出すようにして、周助に顔を覗き込まれ、ようやくは我に返った。
「えっ?な、何?」
「それは僕が質問してるんだけど?」
「ご、ごめんね。少しぼーっとしてたみたい」
 は苦笑で誤魔化した。
 周助はやっぱりかっこいいな、と見とれていた、なんて言えるはずがない。
「へえ・・・僕には言えないんだ?」
 周助の声はいつもと変わらずに優しいけれど、色素の瞳は少しも笑っていない。
 全てを見透かすように切れ長の瞳を細める周助に、の心臓がドキンと跳ねる。
 じっと見つめられると、あらがえない。
 瞳を逸らせなくなる。
 彼の瞳の前では、どんなことも隠せない。
「……言えない訳じゃないけど…」

「けど、何?」
 
は 頬を赤く染めて戸惑うが、周助に諦める気配は微塵もない。
?」
  正面に座っていた周助が隣に移動してきて、 は反射的に後ずさった。
 すると周助はとの彼我を縮めようと更に近付いた。は周助と距離をとろうと後ずさる。けれど周助もとの距離を縮めようと彼女に近付く。
 が何度か後ずさると、背中に何かがぶつかった。肩ごしに振り返ると、それはベッドだった。
「もう逃げられないよ?どうする?」
 どうするもこうするもない。
 そう言えればいいけれど、この状態でそんなことを口にするのは危険だ、とは今までの経験でわかっていた。
 に残された道はただひとつ。
 素直に言うしかない。
「笑わないって約束してくれる?」
 は小さな声で言った。
「うん」
「絶対よ?」
「僕がとの約束を破ったことがある?」
 は不二を見ないようにしながら、口を開いた。
「…あのね、特別だなって…思ったの」
 が何を言いたいのかわからず、周助は首を傾げる。
「…しゅ、周くんと・・・す…時間が…ね、‥‥と・・・‥つ…なって」
 俯いて紡がれる声は小さく、消え入りそうだった。けれど、の声はしっかり周助の耳に届いていた。
 周助のクスッと笑う声に は顔を上げた。
「笑わないって言ったのに」
 は恨みがましく周助を軽く睨む。
「ごめん。嬉しかったからつい、ね」
「嬉しい?」
「うん。も僕と同じなんだってわかったから」
「同じ…?」
 周助はの耳元へ唇を寄せた。
「僕も 過ごす時間が特別だってことだよ。もっとも他の何かと比べられないほど特別なのは、だけどね」
 瞬く間にの頬が真っ赤に染まる。耳はもちろん、首まで赤く染まった。
 恥ずかしくなって周助から視線をはずそうとする。けれど、それは適わなかった。
 周助の両手がの頬を優しく包み込んで離さない。
はどう?僕を特別だって思ってくれてる?」
 周助は返事をするまで、放してくれないだろう。
 だから――。
「…うん」
 の返事に不二は嬉しそうに微笑んで、に深く口付けた。 





END


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