特権
5限目の授業が終わり、ホームルームが始まった。
3年6組の担任である遠山先生が教壇で話をしている。
しばらくしてホームルームが終わり、放課後になった。
周助は席から立ちあがり、恋人の席へ向かった。
は教科書やノートをかばんに入ているところだった。
「」
「ん?」
周助に呼ばれて、 は動かしている手を止めて彼のほうへ視線を向ける。
「今日は演劇部あるの?」
「うん。周くんは?」
「今日は休みなんだ」
「そうなんだ。じゃあ今日は一緒に帰れないね」
は少し肩を落とした。
「その事なんだけどさ、部活はどのくらいで終わりそう?」
問われて、 は口元に左の人差し指を当てた。
「ん…と…今日は新入生歓迎会の劇の配役を決めるだけだから、たぶん1時間くらい、かしら」
「それなら待ってるから一緒に帰ろう」
「え?でも、せっかく周くん早く帰れるのに…」
「と帰りたいから、待ってるよ」
「いいの?」
「もちろん」
にっこり微笑んで周助は頷く。待たせるのは申し訳ないと思っていた だったが、彼の笑顔に喜びを顔に浮かべた。
「嬉しい。ありがとう、周くん」
言葉通りに嬉しそうに言う に、周助は頬を緩めた。
「決まりだね。じゃあ、図書室で待ってるよ、」
「わかった。じゃあ、またあとでね」
はまだ入れていない教科書類をかばんに入れ、周助に手を振ってから演劇部の活動場所である体育館のステージに向かった。
は図書室の扉を静かに開けて、中へ入った。
視線を走らせて、窓際の席に座って本を読んでいる周助を発見した。
が周助の元へ向かおうとした時、それまで本を読んでいた彼が顔を上げた。 に気が付いた周助は彼女に向かって軽く手を振り、読んでいた本をテニスバックにしまって立ち上がる。
二人はそろって図書室を出た。
「ごめんなさい。1時間以上待たせちゃって」
が申し訳なさそうに眉を曇らせた。
「大丈夫だよ」
「でも……。本当にごめんね」
大丈夫だと言っているのになおも謝るに、周助はクスッと笑う。
「そんなに気になるなら、僕のお願い聞いてくれる?」
「何?」
「今から僕の家に来てくれない?母さんは出かけてるし、姉さんは夜遅いらしいんだ。僕一人で家にいるのも寂しいから、 に来て欲しいな」
周助の言葉の「母さんと姉さんがいない」という部分には反応した。
その言葉の意味を考えて、の頬が僅かに赤く染まる。
「どうしたの?顔が赤いよ?」
周助はが赤くなっている意味を悟っていながら、わざと気がついていない振りをする。
周助の言葉に はびくっと反応した。
「何を考えてたのかな? 」
「な、何って…その…」
が言い辛そうに口籠る様子を、周助は少しのあいだ楽しそうに見ていた。
「なんてね」
「え?」
「ごめん。が可愛いから、ついからかいたくなっちゃって」
「――っ!」
「本当はこの前みんなで花見に行った時に撮った写真を現像したから、に見せようと思って」
「そんなの知らない。周くん一人で見れば?」
はつんと横を向いて言った。
だが、この程度で諦めるような周助ではない。より周助のほうが一枚も二枚も上手なのだ。
「残念だな。が家に遊びに来るって言ったら、姉さんがラズベリーパイを焼いてくれたのに」
の黒い瞳がちらりと周助に向く。
もうひと押しとばかりに周助は言葉を紡ぐ。
「姉さん残念がるだろうな」
「……………」
「けど、来たくないって言うなら仕方ないよね」
「…行かないとは言ってないわ」
「フフッ、よかった」
何で同じ手に何度も引っ掛かるんだろう、と は自分に呆れた。
でも、写真は見てみたいと思うし、由美子のラズベリーパイは甘すぎずに美味しいのだ。
「さ、帰ろう」
周助は左手での右手を取って手を繋いで歩き出した。
周助が玄関の鍵を開け家に入る。彼に続いて、 は「お邪魔します」と家の中に入った。
「ただいま」
「お帰りなさい」
家の奥から女の人の声が聞こえて、は黒い瞳を驚きに瞠った。
「今のおばさまの声よね?」
「そうだよ」
「周くんの嘘つき」
は靴を脱いで家に上がり、自分の前を歩く周助の背中に向かってボソッと言った。
「さっきのは冗談だって言ったでしょ」
「冗談でも言っていいことと悪いことがあるでしょ」
「それってさっきの冗談が本気ならいいってこと?」
「いいわけないっ!」
がむきになって反論すると、周助はアハハと声を上げて笑い出した。
そこへ足音が近づいてきた。
「いらっしゃい、ちゃん」
「あ、おばさま。お邪魔します」
はペコリと頭を下げた。
「ゆっくりしていってね」
淑子はに笑みを向けた。
「周助、着替えたらお茶を取りにいらっしゃい」
「うん」
周助が淑子に返事をすると、彼女は廊下を戻っていった。
は周助の後ろに続いて、2階へ続く階段を昇った。
周助が部屋のドアを開けて中に入り、 に部屋に入るよう促す。
部屋に入ったは、目に飛び込んできた光景に瞳を瞠った。
周助の部屋の壁には、彼が趣味で撮った写真が数枚飾られている。
何度もこの部屋に来ている はそれを知っていた。
知っていたけれど――。
「周くん、あれは何?」
周助はの視線を追う。だが、その先におかしなものは見当たらない。
「あれってどれ?」
首を傾げる周助に は震える指先で部屋の一画を差した。
「あれ」
「 だよ」
それがどうかしたのかと言わんばかりの周助に、 の中で何かが静かに切れた。
「…んで。なんで、どうして私の写真が飾ってあるのっ!」
「なんでって自分の彼女の写真を飾るのは恋人として当然だろ。それに、このはいつにもましてとても可愛かったからね。この前の花見でを撮った写真の中で、一番気に入ってるんだ」
写真に映っているは桜を見上げて微笑んでいる。
別にどこも変な写真ではないから、飾られていることに問題はない。
問題なのは。
「だからって何であんなに大きいのっ!」
「そうかな?普通のポスターくらいのサイズしかないけど」
「もっと普通に飾って!」
「普通って?」
「写真立てに入れて飾るくらいにしてってこと!」
「それじゃつまらないよ」
「はい?」
の口から間の抜けた声が出る。彼女の顔には聞き間違えだろうかと大きく書いてある。
「こうやって飾れるのって恋人の特権でしょ」
は声が出ない 。
周助は自分を凝視したまま固まる に、緩く首を傾げた。
「どうしたの?も僕の大きな写真を飾りたい?」
にっこり楽しそうに笑う周助にが反論できたのは、それから数分を要した。
END
BACK
|