恋の始まり




 僕が初めてを見たのは入学式だった。


「…………りたいと思います。新入生代表1年8組

 新入生代表の挨拶が終わって、にっこりと優しい笑顔を見せたから僕は目が離せなかった。
 でも、彼女の笑顔に心を奪われたのは僕だけではなかった。
 少なくとも僕の周りに座っている男子生徒、つまりクラスメートはその笑顔に目を奪われていた。

 でも僕には周りを気にしている余裕はなかった。
 少しでも長く彼女を見ていたいと思ったから。
 自分でもどうしてこんなに彼女が気になるのかわからなかった。
 それほどの笑顔に惹かれていた。

 不意に、さっきの新入生代表の挨拶を思い出した。

 ――1年8組

 僕と同じクラスだ。
 それならこれから先チャンスはある。
 そう思った瞬間、頬が弛んでいるような気がした。

 どうやら僕は彼女に一目惚れをしてしまったみたいだ。



「今日から君たちのクラスを受け持つことになった石田だ。一年間――」
 クラスの担任になった教師が何か話しているけど、僕は全然頭に入ってこなかった。
 幸運なことに隣の席同士になった彼女、さんが気になって仕方なかった。
「――と、もうひとつ大事な事が残っていたな。クラス委員を決めておかないとな。立候補したい者は?」
 先生はクラス全体を見渡したけど、手を挙げている人はいなかった。
 もしさんとクラス委員をできるなら、という考えが浮かぶ。
 この時すでに、僕は彼女と一緒にいたいと思っていた。
「何だ誰もいないのか。仕方がないな。じゃあ俺が決めるぞ」
 先生は教室をゆっくり見渡して、ある場所でピタッと視線を止めた。
 その視線の先にいたのは、さんだった。
、お前クラス委員を頼まれてくれないか?」
 さんは驚いたように黒い瞳を瞬いて、小さく頷いた。
「わかりました」
「よし、頼むぞ。あともう一人…」
 先生は言いながら、僕を見た。
 もしかして、と思った僕の予感は当たった。
「不二、と一緒にクラス委員をやってくれ」
 もちろん断る理由なんてない。
 僕が指名されなくても、彼女がクラス委員を引き受けた時点で立候補しようと決めていたから。
「はい」
「よし、じゃあ二人とも頼むぞ。今日はここまでだ。ホームルームを終了する」
 ホームルーム終了後、クラス委員の初仕事は日誌を書くことだった。
さんて綺麗な字を書くね」
 さんは日誌を書く手を止めて僕を見た。
「そうかな?ありがとう」
 ほんの少し頬を赤く染めて、照れくさそうに言ったさんは可愛らしかった。
「ね、不二くんは何部に入るの?」
 突然、彼女がそう訊ねてきた。
「僕はテニス部。さんは?」
「私は演劇部に入ろうかなって思ってるの」
「文化部なんだね。スポーツも得意そうだけど…」
「得意ってほどではないと思うけど、中学ではバドミントン部に入ってたわ。でも、高校に入ったら違うことをしてみたくて。不二くんは?」
「僕は中学でもテニス部だったんだ」
「そうなんだ。テニス好きなのね。実は私もちょっとテニスに興味あるんだけど」
 そう言って、ふふっと微笑む。
 壇上で見たのと違う、はにかむような笑顔に心臓が跳ねた。
「じゃあ、今度一緒にテニスしようよ」
「えっ、でも私下手だと思う。だから不二くんの相手はつとまらないよ」
「それなら、僕が教えるから。それでもダメかな?」
「ダメじゃないけど、迷惑じゃない?」
「まさか。迷惑だったら初めから言わないよ」
 少しでも君と一緒にいる時間が僕は欲しいんだ。
 だから「うん」と言って欲しい。
「いいの?…じゃあ、よろしくお願いします」
 そう言ってさんはペコッと頭を下げた。



「……ん。……くん。周くん」
「…ん?、どうしたの?」
 重い瞼を開けると、目の前にの顔があった。
「こんなところでうたた寝してたら、風邪引いちゃうよ」
 …あ、あ、ここは学校の裏庭だったっけ。
 風が心地よくて目を閉じていたら、いつのまにか眠ってしまったらしい。
「もうすぐ部活の時間でしょ?遅れると手塚君にグラウンド10周!って怒られちゃうよ?」
 は手塚の物まねをしてクスクス笑う。
 出会ったときから変わらない笑顔。
 僕の一番好きな表情。
「夢を見ていたんだ」
「どんな夢?」
「僕の一番好きなものの夢」
「好き?…というとテニスの夢ね」
「はずれ」
「えっ、違うの?」
「うん。正解は…」
「正解は?」
、だよ。 初めてと会った時の夢を見ていたんだ」


 、僕は君に一目惚れしたんだ

 出会った時からずっと、君から目が離せないんだ




END


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