Luckily or Unluckily




 仕事が終わったあと車に乗り込んだ は、手にした携帯電話を見て溜息をついた。
「周助になんて言えばいいの?電話しにくいな…やっぱりメール…でもやっぱり直接言う方がいいのかな」
 電話で直接伝えるべきか、それとも、夜遅い事を理由にメールを送るか。
 悩みに悩んだ末、 はいつも彼に電話をかけるとき以上にドキドキしながら、電話をかけた。
 電話はすぐに繋がった。
?」
 落ち着いた柔らかな声が名前を呼ぶ。
「周助。あ、あのね、5日のことなんだけど…」
「心配しなくても大丈夫だよ。のために空けてあるから」
 耳に届く周助の声はとても嬉しそうで、 は罪悪感に苛まれた。
 けれど黙っている訳にはいかない。今日中に伝えなければならないことがあるのだから。
  は小さく喉を鳴らした。
「それなんだけど、その日ダメになっちゃったの」
「えっ!?どうして?」
「明日から5日まで名古屋に出張になっちゃって…。 ごめんなさい」
「・・・仕事なら仕方がないよ」
 周助は仕方がないと言ったけれど、その声は沈んでいた。
 それも当然のことだった。
 周助とは半月前からゴールデンウィークの最終日である5日に一緒に過ごす約束をしていて、二人とも楽しみにしていた。
 周助は学生では社会人。
 周助は部活をやっていて、の仕事の休みは希望をしない限り基本的に不規則だ。
 お互いに予定を合わせない限り、滅多に会えない。
 夜の時間の、束の間の逢瀬を交わせても、一日中一緒にいられる日はほとんどない。
 は周助の部活の休みに合わせて、休日をなんとかもぎ取った。
 それなのに、約束の日に会うことができなくなってしまった。
 一日中二人きりでいられる数少ない貴重な休日になるはずだったのに。
 こんな時、自分と周助との歳の差を嫌でも思い知らされる。
「本当にごめんなさい」
「いいよ。 の所為じゃないんだから。仕事がんばってきて」
 聞き分けのいい周助に胸が痛む。
 普通なら怒って当然なのに、周助は怒鳴り付けたりしない。
 を責めるどころか、応援までしてくれる。
 泣きたい気持ちをなんとか堪えて、は声を絞り出した。
「……うん、ありがとう。…おやすみ、周助」
「おやすみ、



 2日後の夜。
 先方の都合で、5日までの予定だった仕事が先程終わった。
  は一刻も早く周助に会いたかったので、仕事が終わったその足で急ぎ駅に向かった。
 この時間ならまだ東京行きの新幹線がある。
 夜遅いこともあってかゴールデンウイークであるにも関わらず、 は座席指定の乗車券を買うことができた。
 は新幹線の座席に座ると、バッグから携帯電話を取り出した。

 仕事が予定より早く終わったので、今から帰ります。
 東京に着くのは11時頃かな?
 夜遅く着くから今日は逢えないけど、明日は約束通り出かけたいです。

 メールを送信し、携帯電話を閉じてバッグにしまった。
 
しばらくして、電車の心地よい揺れも手伝って、仕事で疲れたはゆっくり夢の中へ落ちていった。
 数刻後。
 はふっと目が覚めた。
 今はどのあたりなのだろうと窓の外を眺めていると、車内アナウンスが聞こえてきた。
「間もなく東京に到着致します。お忘れ物のないようお気を付けください」
 数分後、新幹線は東京駅に到着した。
 駅のホームに降りたは夜風に身を震わせた。
「やっぱり夜はま寒――」
 の視線の先、ホームのベンチに周助の姿があった。
「周助!」
  周助はベンチから立ち上がり、驚きに目を瞠るとの比嘉を縮めた。
 周助はを腕の中に優しく抱きした。
を迎えに来たんだよ」
「夜遅くなるってメール……」
「少しでも早く に会いたかったからね。それに、こんなに夜遅い時間に を一人歩きさせられないよ」
 周助は から少し体を離して、微笑みながら言った。
 とても高校三年生とは思えないことを周助は言う。
 けれど、その事に対して はどうこう言うつもりはない。
 歳の差を感じさせる、感じる言葉を使いたくない。
 周助を傷つけないために。自分を落ち込ませないためにも。
 だからは笑顔で受け止めた。
「迎えにきてくれてありがとう。私も周助に会いたかった」



 周助と一緒に自宅に戻った は、湧かしたての湯で二人分の紅茶を淹れた。
 リビングのソファに腰を下ろしている周助にマグカップを手渡す。
「はい、周助」
「ありがとう、
  は不二の隣に座り、テレビに目を向けた。
 テレビでは が数日前レンタル屋で借りてきたファンタジー映画のオープニングが流れている。
「ねぇ、 。映画は明日じゃダメなの?」
「いま見たいの。…それに明日はサボテンランドに行くって約束でしょ?」
「クスッ。がそこまで言うなら、僕もおとなしく映画を見るよ」
 そんな会話を交わした数分後。
 周助の左肩に重みがかかった。
  が周助の肩にもたれかかり、静かな寝息を立てていた。
 周助は苦笑して、を起こさないようにDVDデッキとテレビの電源を落とした。
 眠ってしまった を起こさないように注意しながら、彼女を抱き上げて寝室に運ぶ。
 周助はベッドに華奢な体を下ろして、の柔らかな唇にキスを落とした。
「お疲れさま、
 周助はねぎらいの言葉をかけて、ベッドで寝息を立てているの隣へ体を横たえた。
 の寝顔を愛おし気に見つめながら、周助は微笑んだ。
「今日の夜の分は明日一日と引き換えだね。覚悟しておいてね、
 周助は両腕で の体を抱きしめて眠りについた。





END


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