Honey Days




 5月2日、金曜日。
 男子テニス部の練習が終わり、マネージャーであるは、一年生部員たちと一緒に部活中に使ったテニスボールやネットを片付けていた。
 そこへ、男子テニス部三年の不二周助がやってきた。
 周助は言わずと知れたの恋人だ。

 声をかけられて が振り向くと、いつも以上にニコニコした笑顔の周助がいた。
 青学レギュラー陣が見たら一人の例外もなく「何を考えている、不二」と思わせるような表情をしている。
 けれどはそれに気付がつくほど鋭くない。ゆえに何の疑問も抱かず返事をする。
「なあに?」
「ちょっと聞いておきたいことがあってさ。今日、何時に僕の家に来るか聞いておきたいんだけど」
 周助の言葉に首を傾げながら、確認するようには問い返す。
「今日は周くんと何も約束してないよね?」
「あれ?聞いてないの?」
「何を?」
のご両親から『明日から温泉旅行に行くので、ゴールデンウィークの間をお願いします』って、昨夜うちに電話があったんだよ」
 は目を見開いた。
「何よそれーーー!」
 テニスコートで後片付けをしていることをすっかり忘れて、大声で叫んだ。
「そんなに驚くってことは、聞いてなかったんだね」
 興奮している とは対照的に、周助は冷静…というより、楽しそうに言った。
「聞いてないわよッ。なんで娘に黙って旅行に行っちゃうのよ?娘が可愛くないの? 人様の家に娘を預けるなんて、どうかしてるわよ。しかも周くんの家だなんて」
 は息をする間もないほど捲し立てた。
「僕の家だと何か不都合でもあるの?」
 フフッと笑いながら言う周助は色素の薄い瞳を細めていた。
  は白い手をぱたぱた左右に振りながら、慌てて誤魔化す。
「だ、だって、おばさまも由美子さんにも迷惑じゃない」
 とりあえず、至極もっともなこと は言ってみた。
「母さんと姉さんなら平気だよ」
「平気って…まさか、家にいないから…とか?」
  は周助に恐る恐る訊いた。
「僕としてはと二人きりでゴールデンウィークを過ごしたいけど、そう上手くはいかないみたいだよ」
 周助の答えに はホッと胸を撫で下ろす。
「いらっしゃるのね。よかった」
、それはどういう意味かな?」
「どっ、どういうって…あ、あのね、平気ってどういう意味なの?」
 は無理矢理に話を反らした。
 けれど、周助はそれに対して何も言わず、の質問に答える。
「母さんは『いずれ ちゃんは娘になるんだから』って。姉さんは『いずれ妹になるんだから』って、二人とも喜んで大歓迎だって言っていたからね。もちろん僕も大歓迎だよ」
 にっこり微笑んで言われて、は沈黙を返した。
 不二一家の思考はどうなっているんだろうとか、私に決定権はないのかとか、の頭の中はグルグルと渦を捲いていたが、この時点で がゴールデンウィークが終わるまで不二家に世話になることは、ほぼ決定した。
 は一度家に戻り、荷物を取りに帰ってから不二家に行くと周助に言った。
 すると周助がを送っていくと言い出した。
 はそれを断ったのだが、周助に笑顔でダメ出しされてしまった。
「いつも家まで送ってるのに何で今日に限って断るの?ダメだよ、そんなの。 それに一人で帰したら、 が遠慮して家に来ないかもしれないでしょ?」
「そ…んなことないよ?」
「クスッ。どもってるよ、
「うっ」
  は周助に勝てず、悪あがきは失敗に終わった。
 こうして は周助の送り迎え付きで、不二家を訪れることになった。

 周助が部活後に言っていた通り、彼の母と姉はを歓迎してくれた。



 5月3日、土曜日。
 昨夜、夕食後のティータイムに、と周助は由美子からあるものを貰った。
ちゃん、明日は練習あるのかしら?」
  は由美子に訊かれ、首を横に振った。
「明日は休みなんです」
「それなら良かったわ」
 首を傾げ、頭に疑問符を浮かべている に、由美子は2枚の紙を差し出した。
「映画のチケット?」
「ええ。仕事の同僚がくれたチケットなんだけど、期限が明日までなのよ。だから周助と行ってきたらどうかしら」


「映画、面白かったね。音楽も素敵だったし」
「うん、そうだね。でも途中で 、泣いてなかった?」
「何で知ってるの?」
「目が少し赤いから。 が泣いたのってヒロインが主人公においていかれちゃうシーンでしょ」
「そんなことまでわかっちゃうの?すごいわ」
  感心をする に周助は苦笑した。
「感心してもらうほどのことじゃないよ」
 それに、と周助は続けた。
のことだからわかるんだよ」
 街中で、しかも人通りの多い大通りのまっただ中、周助は恥ずかし気もなくサラリと言った。
 彼としてはただ思っていることを言ったのだろうけど、言われた方は顔から火が出そうなくらい恥ずかしい。
 けれど言われて悪い気はしない。
 とても嬉しい。
  は周助の腕に自分の腕を絡め、彼にだけ聞こえる小さな声で。
 すごく嬉しいよ、周くん



 5月4日、日曜日。
「行ってきます」

「行ってきます、おばさま」
 周助とはテニス部の練習があるため、揃って家を出た。
「何か変な感じ」
 玄関を出た直後、くすっと笑って が言った。
「変な感じ?」
「そう思わない?朝から周くんと一緒にいるなんて」
「変と言うよりは不思議な感じだね。僕、昨日も映画を見に行くのに家を出た時思ったんだけど…」
「うん?」
「僕たち同棲してるみたいだよね」
「どっ…同棲?!」
  は驚きに声がひっくり返ってしまった。
もそう思わない?」
 周助の問いかけを否定できず、かと言って肯定も出来ない。
「は、早く行かないと練習に遅刻しちゃうよ、周くん」
  はごまかし、足早に歩き始めた。
 周助はのあとをすぐに追いかけ、追いつく。
「そんなに急がなくても大丈夫だよ。ゆっくり行こうよ。こうして、さ」
 周助はの細い指に自分の指を絡めた。

 勿論、練習が終わった後、帰宅する時も二人は手を繋いで帰った。

 余談だが、朝から二人のラブラブな雰囲気を見せつけられ、周助以外の部員は練習に身が入らなかったとか。
 更に、ゴールデンウィークが終わってしばらくの間、『不二周助とは同棲している』という噂が、部員たちのあいだで囁かれたらしい。



 5月5日、月曜日。

 昨日と同じように、今日もテニス部の練習があった。
 夕闇がせまる学校からの帰り道。
 昨日、一昨日と同じように、 が帰るのは不二家だ。
 初めは世話になるのを戸惑っていた だったが、今日で連休がが終わり明日は自分の家に戻る、そう思うと寂しい気持ちになった。
「今日で終わりだね」
 不意に周助が言った。
 言われた言葉が今考えていたことと全く同じだったので、は驚いた。
「もっと休みが続けば、ずっとといられるのに」
「…私も…そう思ってた」
「以心伝心、かな?」
 周助はクスッと笑って続けた。
「あと4年待ってね」
 周助の言葉の意味が分からず、は首を傾げる。
「どういう意味なの?」
「4年後に教えてあげるよ、
「えーっ」
  不満の声を上げるに、周助はクスクス笑いながら左手を差し伸べた。
  は右手で周助の手を自然に取った。
「絶対4年後に教えてね?」
「うん」
「約束よ?」
「約束するよ」
 周助の誓いに、 はやっと満足したらしい。
 不満そうな顔が笑顔に変わっていた。



 長いようで短い休日は、楽しさと嬉しさとドキドキがたくさんつまっていた。

 きっとこれから先の休日にも、それはたくさんつまっているよね?




END

秋川朋世様 主催企画『Happy Holiday With Syusuke』に投稿。


BACK