The love-star festival




「お迎えが来たわよ〜」
「もう少しだから、待っててって言ってー!
 2階から届いた娘の返事に母は仕方ないとばかりに溜息をついて、玄関に立つ人物に向かって申し訳なさそうに言った
「だそうよ。ごめんなさいね、不二君」
 周助はクスッと笑って。
のこういうところも好きですから」
 そこへ2階の自室からが降りてきた。
「ごめんね。お待たせしました」
 遅くなったことを詫びてが少し頭を下げる。けれど、周助は何の反応も示さない。
 は不思議そうな表情で周助を見上げ、恋人の名を唇に乗せる。
「周くん?」
 自分の名を呼ぶ声に周助は我に返った。
 周助はの浴衣姿に見惚れていた。彼女が浴衣を着ているのを見るのは初めてではないのだが、滅多に見られないので貴重なのである。
 ワンピースやジーンズ、制服。何を着ていてもは可愛いのだが、今日の浴衣姿は殊更に可愛いと周助は思った。
 いつもはおろしている腰までの長い黒髪は結い上げられていて、うなじが見えるのが色っぽい。
 青い花柄の紺色の浴衣が、 彼女の白い肌を際立たせている。
がとても可愛いから、見惚れていたんだ」
 少しの照れを含んだ笑みで周助は言った。は気恥ずかしそうに頬を染め、けれど嬉しそうに微笑み返した。
「さ、行こうか」
 差し伸べられた周助の手を取って、は玄関に用意しておいた下駄を履いた。
「ではをお借りします。帰りもお送りしますから」
「ふふっ。不二君の事は信用しているわよ。だから、少しくらい夜遅くても多めにみるわよ?」
「おかーさんっ!!」
、不二君に迷惑をかけないのよ?」
「もうっ、私をいくつだと思ってるの? いってきます」
「いってらっしゃい」



 二人は手を繋いで、今日の目的地である青春台商店街主催の七夕祭りへ向かった。
 少し前に夕日が沈んだばかりで、あたりはまだ薄明るい。
「すごい人出ね」
  思っていたよりも人が多く、行き交う人たちの間を縫うように二人は歩いていた。
「そうだね。 、大丈夫?」
 着慣れない浴衣と履き慣れない下駄で歩く を気遣い周助が心配して言ったのだが、言っているそばから は人とぶつかってしまった。
「きゃあっ」
 転びそうになったを周助の腕が支えた。
!…ケガはない?」
「うん、平気。ありがとう」
「手を繋ぐだけじゃ危ないね」
 周助はの左手を握る右手を離し、その手を の肩へ持っていくと華奢な身体を抱き寄せた。
「この方が危なくないよね」
 周助は満足そうににっこり微笑むけれど、は人前で密着することにいまだに慣れない。
「で、でも周くんが歩きにくくない?」
 この場合、歩きにくいのは周助ではなくなのだが、彼女はそれに気が付かない。
「そんなことはないよ。でも気になるなら、別の方法にする?」
「別の方法?」
が僕の腕に両腕を絡めるとか」
「…このままでいい」
「なんだ、残念。に甘えて欲しかったんだけどな」
「周くんは私を甘やかし過ぎだよ」
「そう?でも、に甘えられるのは心地いいんだ」
 楽しそうに周助が言うと、少しの沈黙ののちが口を開いた。
「……かき氷食べたい。あとね、金魚すくいやってみたい」
「他にお望みは?僕のお姫様」
「………あの場所からミルキーウェイが見たい」
 周助を見上げて静かに言うと、周助は彼女を抱き寄せている腕に少し力を込めて、を自分の方へ引き寄せた。
 それが彼の答えだった。





 2年前の7月7日。2人はまだ高校1年生だった。
ー!こっちこっちー!」
 待ち合わせ場所の花屋の前で に手を振った。
 それに気が付いた は少しだけ歩く速度を速める。
、ごめんね。遅くなっちゃって」
「平気平気。時間より早いし」
「よかった。じゃあ行こっか」
「あっ、ちょっと待って」
「何?」
「あと2人来るから」
「え?」
「…あっ、来た来た」
 声を上げるの視線の先を は追った。向こから2人の男の子がこちらに歩いてくるのが見えた。
 1人は顔に絆創膏を貼っていて髪が外ハネしている男の子で、知らない人だ。
 そしてもう一人は、明るい茶色の髪にいつも笑顔のがよく知っている人だ。
「ごめんね。遅れちゃったかな?」
「大丈夫よ、不二君、菊丸君」
  は目の前に現れた人を目を丸くして見つめた。
 まさか片思いの相手であるクラスメートが来るなんて夢にも思わなかった。
「不二くん」
 知らずに彼の名を呼んでいた。
「こんばんは、さん」
「こ、こんばんは」
「浴衣似合ってるね。可愛いよ」
「っ、あ、ありがとう」
 いい雰囲気をかもし出している2人の間に、周助と一緒に来た男の子が割り込んだ。
 周助の背中に乗りかかるようにして、少年が口を開く。
「不ー二っ、俺の紹介は〜?」
「いまするよ。  さん、紹介するよ。僕と同じテニス部所属の菊丸英二」
「よろしくにゃ〜、 ちゃん。俺のことは英二でいいよん」
「英二。 さんに馴れ馴れしいよ」
 色素の薄い瞳を細める周助に英二は慌てた。
「ご、ごめん。改めて、よろしくさん」
 2人のやり取りが可笑しくて、はくすっと笑った。
「仲がいいのね。初めまして。不二くんと同じクラスのです」
「君のことはよく不二から聞いてるよん」
「不二くんから?」
「英二」
 口を滑らせた友人に周助から牽制の声がかかる。
 周助は軽くため息をつき、 に瞳を向けた。
「ごめんね」
「えっ、ううん」
「ねぇ、もうそろそろ行こうよ」
 3人が話している所へ の声が届いた。
 三者三様に答えて、4人は揃って歩き出した。

商店街のあちこちに七夕飾りや短冊のついた笹が飾られ、綿菓子、林檎飴、金魚すくいなど色々な出店が顔を出している。
、綿菓子食べよー」
「ごめん、 綿菓子はちょっと…」
「あ、そっか。うっかりしてた」
「ほえ? さんダイエットでもしてるの?」
「英二、女性に対して失礼だよ。それにさんは十分スマートだよ」
「それもそうだにゃ。んじゃどうして食べないのさ?」
 英二の至極もっともな問いに答えたのは本人ではなくだった。
「甘いものダメなのよ。そのかわり激辛好きなんだけどね」
「そうなの?」
 周助と英二の声が重なった。
「うん。甘いものは昔から苦手で…。やっぱりおかしいかな?」
 少し困ったように言うに周助は問いかけた。
「どうしてそう思うの?」
「女の子なのにかわってるね、ってよく言われるから。普通は甘いもの好きだよね、って」
「そうか。でも僕はおかしいとは思わないよ。それが さんなんだから。それに僕も激辛好きだしね」
「私と一緒…」
「うん」
「丁度いいじゃない。私は菊丸君を連れて綿菓子とか甘いもの食べて回るから、 は不二君と回ったらいいよ。ねっ」
「え、でも…」
「それじゃ2時間後にここに集合ってことで。じゃあね〜、と不二君」
  は1人で話を完結させ、英二を連れて綿菓子の屋台がある方へ行ってしまった。
 残されたは周助に困った笑顔を向けた。
「ごめんね、不二くん。 ったら人の返事を聞かないで…」
「僕は構わないよ。君といられるなら」
「えっ?」
「フフッ。さて、じゃあ僕たちはどうしようか?」
「えっ、あの、不二くん?」
 話をはぐらかされては戸惑う。
 そんな彼女に周助はまた が驚く事を口にする。
ちゃんはどこに行きたい?」
「えっ!なんで急に名前…」
「嫌だったかな?」
「そ、そんなことない!」
「よかった。あ、僕のことも名前で呼んでくれると嬉しいな。…ダメかな?」
  は音がしそうなほど頭を横に振った。
「ダメじゃない。けど、本当に名前で呼んでいいの?」
「うん。呼んで欲しい」
「えっと…周くん?」
 戸惑いがちにクラスメイトの名前を呼ぶと、僅かに彼の顔に驚きが走った。
「やっぱり周くんじゃダメだったかな?」
「まさか。てっきり周助くんって呼んでくれると思っていたから、驚いただけだよ」
「でも…やっぱり周助くんって呼ぶね」
「どうして?僕は周くんって呼んでくれた方がいいな。 ちゃんの”特別”みたいだから」




「わぁ、やっぱりここからミルキーウェイを見るのが一番きれいね」
 今にも頭上から降り注いできそうなくらい瞬く星々を見て、は感嘆の声を上げた。
 7月7日は現代の暦では雨期の季節なので雨に見舞われることが多いが、今年はよく晴れている。ゆえに、空気の澄んでいる小高いこの丘上からは、満点の星とミルキーウェイがよく見える。
「ああ。ここに来ると2年前を思い出すね」
 周助は瞳を柔らかく細めてを見つめる。
「夢を見てるのかと思ったわ。短冊に書いたお願いごとがその日のうちに叶うんだもの」
「なんて書いたの?」
「周くんと一緒にいられますように、って」
「僕と似てるね」
「なんて書いたの?」
「来年も再来年もその先もずっとちゃんの笑顔を独り占めできますように」
「そ、そんなこと書いたの?」
「うん。だからそれを叶えるために、ここで君に告白したんだ」
「どうしよう……」
?」
「嬉し…っ…っ」
 口元を両手で覆って泣き出したを周助は優しく抱き寄せて、額に、頬にキスをした。
「そんなに泣かないで」
「…好きって言われた時と同じくらい…嬉し…くて…」
は変わらないね」
 

 

さん。初めて見た時から君が好きです。僕と付き合って下さい』

『これは夢、なの…?』

『現実だよ。僕はが好きだ。…返事を聞かせてくれますか?』

『わ…私も…周くんが好き、です』

『そんなに泣かないで』

『ごめんなさ…い。嬉しくて…』

『僕も嬉しいよ。…ずっと一緒にいよう』



END

 

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