出発のその前に 全国大会が終了した、数日後。 東京駅の新幹線改札口付近に、青春学園テニス部の面々が集まっていた。 準決勝で戦った大阪の学校、四天宝寺から合同合宿の誘いを受け、それに答えて大阪へと向かうためである。 さすがに部員全員を連れて行くことは出来ないので、レギュラーと数人の部員だけだが。 強豪校との合宿ということもあり、皆のテンションは高い。もっともそれが顔に出ているのはごく少数で、顔に出ないのか出さないだけなのか、いつもと変わらないメンバーもいる。 「……もうちょっと遅く来ればよかったにゃ」 ダブルスのパートナーである菊丸にぼやかれた大石は、苦笑するしかなかった。 あの二人――不二とが相思相愛で付き合っているというのは周知の事実。 だが、よりによってこんな場所でいい雰囲気を作らずともいいだろう。 見たいわけではないのに、自然と目がいってしまう。ゆえに、二人の会話は自然と耳に入ってしまうわけで、早く発車の刻限にならないものかと思ってしまうのも仕方がない。 「…淋しいな」 先程と同じ呟きが柔らかな唇から零れる。 「すぐに帰ってくるから」 困ったように笑いながら、不二はの頭をよしよしと撫でる。 家においてけぼりにされて拗ねる犬を撫でている飼い主の図に見える、とは桃城と菊丸の意見。 ぼそぼそと話をしている桃城と菊丸の声は、二人に聞こえない。なにしろこの喧騒なのだ。聞こえるわけがない。 「でも、一週間も周ちゃんに会えないなんてやだ」 幼馴染である不二とは、何日も顔を合わせないという経験がない。長くてせいぜい二、三日で、一週間離れるというのは初めての事だ。 はそれが不満で仕方がない。 だが、不二がテニスを好きなことを知っているし、合宿に行くのを止めるつもりはない。だから「行かないで」とは言わないけれど、「淋しい」と訴えてしまう。 わがままを言っているのはわかっているけれど、不二は優しいからこうして甘えて、不満をぶつけてしまう。 「毎日電話するよ」 ね?と首を傾けて不二が微笑む。けれどの表情は変わらずに拗ねたままだ。 「声だけじゃやだもん」 「じゃあ、テレビ電話にするよ。それならいい?」 「絶対?」 「うん、絶対」 その言葉には小さくだが頷いた。 彼女の仕草に不二がクスッと微笑む。 「…不二のヤツ、今絶対「可愛いな」って思ったにゃ」 「英二…」 見るのは止めたんじゃなかったのか、という言葉を大石はどうにか飲み込んだ。 二人を見たいわけではないが、気になって見てしまう菊丸の気持ちもわかる。もっとも大石は二人の会話より、時間になっても来ない一年生レギュラーにハラハラしていた。やはり桃に迎えに行ってくれと頼むべきだった、と思っても遅い。越前家に電話をしたところ、家人からすでに出たと聞いた。けれど、発車の時刻までにここに着くかどうか気になって仕方がない。 部長である手塚は「それならば大丈夫だろう」と言ったが、心配性である大石は、越前の姿をこの目で確かめるまで安心できないのだった。 「…なあ、大石」 「ん?」 「オレも彼女欲しい」 肯定するのも否定するのも微妙なので、なんと答えるべきかと悩む大石をよそに、恋人たちの会話は続く。 「、何か欲しい物はある?」 「欲しい物?」 「うん。お土産に買ってくるよ」 「周ちゃんが行くの、大阪だよね?」 現時点では大阪以外の場所に行けるかどうか定かではないので、不二は頷く。 「タコ焼き?」 「どうして疑問系なの?」 「大阪って言われてタコ焼きが浮かんだから」 「でも、蛸は苦手でしょ」 苦笑する不二に、は首を傾げる。 「うん。でも、他に何かあるかなあ?」 大阪人が聞いたら怒られそうな事をは口にした。が、不二は大阪人ではないし、を溺愛しているので突っ込みは入らない。 「そば豚まん、あんプリン、お好み焼きとか、かな」 ちなみにこれは乾情報である。桃城に大阪の食べ物を聞かれた乾が言っていたのを一緒にいた不二は聞いていた。 「うーん………あ、そうだ」 悩んでいたは不二を見上げて微笑んだ。 「周ちゃんがいい」 「えっ?」 「お土産、私が欲しいのを買ってきてくれるんでしょ?それなら、周ちゃんがいい」 にこにこと邪気のない微笑みを向けてくる彼女に、さすがの不二も僅かに赤面した。 天然の素直さは可愛いけれど、時々始末におえないくらい可愛すぎて困る。 「周ちゃん?」 名を呼ばれて、不二は滅多に見れない微かな照れを浮かべた顔で首を傾けた。 「いいよ」 「ホント?怪我してなくて元気で、笑ってる周ちゃんだよ?」 「うん、わかった」 は笑って、不二にぎゅっと抱きついた。 「怪我しないように頑張ってね」 「うん」 そんな二人を遅刻してきた越前が視界に捕らえて絶句し、遅刻を大石に怒られたりしていたのだが、不二とは知る由もなかった。 そして一週間後。 は不二から小さな水色の花がたくさんついた簪をお土産に貰った。 END BACK |