あと五分




 漆黒の空に無数の星が瞬いている。
 空が汚れてしまった現代では昔と違って降るような星空を見られる場所はそうそうないけれど、それでも輝く星々が綺麗なのは変わらない。
 冬の夜空が空気が澄んでいるから一番綺麗だというけれど、夏の夜空も捨てたものじゃない。自然で美しいのは星だろうが、人工の――人が作ったものが作り出す光景も美しい。
 風もなく蒸し暑い夜でも、不思議と暑さを忘れて魅入ってしまうものがある。

 夜空に大輪の花が咲く。赤と青が重なるようだったり、紫一色だったりと色鮮やかだ。
 円形、星やハートに上がることもあり、見ていて飽きない。
 今ではあまり耳にしないけれど、「玉屋ー」とか「鍵屋ー」屋号を叫んだ昔人の気持ちがわかる。緑、橙、黄、青など一体何色あるのだろうと思える程の色彩。菊物、スターマイン、乱玉などのたくさんの種類。

 その空の下で、二つのシルエットが重なり合っている。
 花火が上がる前は隣り合っていたのだが、いつのまにか距離がなくなっていた。
 無論、引き寄せたのは不二の方。は離れようとしたけれど、不二の腕はそれを許してはくれなかった。
 引き寄せられるままに、の頭は不二の肩にある。不二はその微かな重みが心地いいと感じた。
 短くてアップできずに頬にかかっている絹のような黒髪をそっと指先で梳くと、夜空色の瞳が不二を見上げた。
「周助、暑くないの?」
 訊いてくる彼女に、不二はクスッと笑みを溢す。
 昼間は確かに暑かったけど今は夜だし、なによりここは海辺だから夜風が肌に気持ちいいくらいなのに。
 暑くないの?なんて言ってるけど、真っ赤な頬と耳は僕の気のせい?
 ホントは暑いんじゃなくて、照れてるだけだよね。
 みんな花火に夢中だし、薄暗いんだからそんなに意識しなくてもいいんじゃないのかな。
 まあ、恥ずかしがりな君も好きだけど。
「全然暑くないよ。もっととくっついてもいいくらい」
 耳元に唇を寄せて囁くと、細い肩が僅かに震えた。
 の図星をついた不二は、色素の薄い瞳を細めてフフッと微笑んだ。
 こんなに可愛い君が隣にいたら、どんなに綺麗な花火でも目に入らなくなる。
「もっとに近付いていいよね」
 返事を聞く前に柔らかな唇に甘いキスを落とす。そのまま細い腰を抱き寄せて、吐息を奪うような深いキスをする。
「‥‥‥しゅ‥‥すけ‥」
 は耳朶まで真っ赤に染め、逃れようと細い腕で不二の胸を押す。
「花火を見に来たんだから…見ようよ」
 潤んだ瞳で言われたら聴かない訳にいかない。
 ねだるような視線に弱いってことを君は知らないだろうね。
 胸の内で呟いて、不二はにっこり微笑む。
があまりにも可愛いから、つい…ね」
 夜空に咲く綺麗な花より、僕は君を見ていたいけれど――。
 拗ねた顔のも可愛いけど、できるなら笑顔でいて欲しいから、先に折れるのはいつも僕。


 花火を見ている君を僕が独り占めできるまで、あと五分。




END

初出・多分WEB拍手 修正・加筆

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