痛みを伴う予感




 それは本当に偶然で

 目撃した時は目を疑った

 瞳を何度も瞬いて

 見間違いかもしれないと目を擦ってみた

 けれど瞳に映っているものは消えてくれなくて

 心臓の音が不自然に早くなって

 手足が冷たくなって

 そして――

 涙が溢れて止まらなくなった


 たぶん、失恋だ…

 そう理解するのに時間はかからなかった


 夕陽が落ち始め、空が黄昏色に染まっている。
 先程までは青かったのに、いつのまにこんなに暗くなったんだろう。
 予感に痛みを覚えた胸は苦しくて痛くて、胸を締め付ける。
「………彼女いないって…」
 言っていたのに…。
 それがもし彼の嘘だとしても、責める理由なんてない。責めるつもりもない。彼を責められる立場にいないから。
 けれど、もっと早く知っていたら…。
 そう考えて、はかぶりを振ってそれを打ち消した。
 不二に彼女がいると知っても、好きな気持ちはきっと消せていない。
 彼の気持ちが自分に向くことはないとわかっても、好きでいた。それが実らない片思いであっても、きっと。それぐらい不二のことが好きで好きでしかたない。
「…綺麗な人だったな…」
 逆立ちしても到底適わないほどの美人だった。
 クラスメイトとしてしか傍にいられない自分と違って、とても仲がよさそうだった。お似合い過ぎて入る余地がない。
 だから嫉妬より落ち込みのほうが深い。
「こんなっ…ところに…っ」
 不意に、呟きに重なった声が聞こえた。
 乱れた息で紡がれた声には黒い瞳を瞠る。
 どうしてと思うより先に、反射的に振り向いていた。
 涙で濡れた瞳に映っているのは、肩で息をしているクラスメイトの男の子。
 色素の薄い髪が夕陽を弾いて黄金色に輝いている。
「……不二、くん…」
「やっぱり誤解してる」
 何を、と訊くより早く、不二の手が伸びてきた。
 そして気がついた時には、座っていた筈なのに立っていて、不二に抱きしめられていた。
 何も考えられなくて、の頭の中は真っ白だ。
「こんなことなら、早く言えばよかった」
 苦々しい声が耳に届く。
 けれど、混乱した頭では意味が理解できない。
 一生懸命単語を繋げてみようと思っても、形になる前に霧散してしまう。
「……君が好きだ」
 囁くように紡がれた言葉に、の足から力が抜けていく。
 喉を塞がれたように声が出なくて。呼吸をするのさえ忘れてしまう。
「僕はが好きなんだ」
 ぎゅっと更に強く抱きしめられて、耳元で囁かれた。
 耳にかかる吐息が熱くて、掠れた声に心が溶けていく。
 彼の言葉が胸の中に染み込んで、身体中に巡っていく。
「…泣かせてごめん」
 胸がいっぱいで言葉が出なくて、は左右に緩く首を振るのが精一杯だった。
 やっとのことで彼の名を呼び、胸の中へ顔を埋める。
 胸の痛みがなくなり甘やかな温かい気持ちに変わるまで、時間はかからなかった。




END

初出・WEB拍手 再録にあたり加筆
「02.痛みを伴う予感(恋したくなるお題・手放せない恋のお題)

BACK