新学期を五日後に控えた日の夜。
 夕食後にリビングで家族とテレビを見ていたは不意に立ち上がり、急いで二階の自室へ向かった。
 部屋に入ると勉強机に置いてある携帯電話を手にし、リダイヤルで電話をかけた。
 電話は数秒して繋がった。
?」
「うん」
「どうしたの?」
「あのね、明後日…日曜日、練習ある?」
「いや、休みだよ。どこか行きたいの?」
「周ちゃんとお花見に行きたいなって思ったの」
「花見?それはまた突然だね」
 不二がクスッと小さく笑うのが聴こえた。
「ダメ、かなあ?」
「ダメじゃないよ」
「本当? 私、お弁当作るから。周ちゃんのと二人分」
 いい、と言ってもらえたのが嬉しくて、は瞳を輝かせながら言った。
「じゃ、飲み物は僕が用意するよ」
「うん。明後日が楽しみ」
、行き先は決まってるの?」
「えっとね、公園…がいいのかな」
 その言葉に不二は苦笑した。
 やはり衝動的に行きたいと思ったらしい事が容易にわかる。
「日曜日は天気がよいみたいだし、せっかくだから遠出してみようか?」
「埼玉とか?」
「それもいいけど、東京のはずれのほうはどうかな」
「うん。けど、よく知らないよ?」
「僕がわかるから心配しなくていいよ」
「…いつも周ちゃんに頼ってごめんなさい」
「いいんだよ。が頼りにしてくれるのは嬉しいし」
「周ちゃん」
 甘やかされる心地よさに、ちょっと頬が緩む。
「じゃあ、明後日…10時でいい?」
「うん、大丈夫」
「わかった。迎えに行くよ」




 春日




 日曜日。
 二人は予定通りの時刻に出発した。
 天気予報は当たり、今日は一日快晴とのことだった。
 最寄り駅で電車に乗り、それに揺られること約40分。とある林公園近くの最寄駅で降り、徒歩で公園に向かった。
 春休み中の日曜日で、更に天気がよいこともあってそれなりに多くの人が訪れている。
 桜の花は八分咲き程度だが、花見を楽しむには十分だろう。
 さわさわと心地よい風が頬を撫でる。
「気持ちいいね」
 隣を歩く不二を見上げて、が嬉しそうに笑う。
「絶好の花見日和だね」
「いいお天気だし、桜はきれいだし…周ちゃんと一緒なのが嬉しいな」
 緩く首を傾けてにこにこ笑うを目にし、不二はクスッと笑った。
 素直で可愛い彼女が愛しくて、繋いだ手の力を僅かに強めた。
「僕もと一緒で嬉しいよ」
 言うと、は更に嬉しそうな顔になった。
 春の陽射しのような幸せな気分で、二人は公園内を少し散策することにした。人は多いけれど、場所を取っておかなくても平気そうだったので。
 全部同じ種類の桜ではないようで、八重桜だったり、色が濃い花だったりする桜もあった。
 初めて来た場所だということもあるが、色々な桜が見られるとは思ってなかったので、はずっと嬉しそうに桜を見ていた。
「…ずーっと見てても飽きないなんて、桜って不思議だね」
 が桜を見上げたので、不二は立ち止まった。が転ぶといけないと思ったからだ。過保護だと言われようと、すでに身についてしまっていて自分でもどうにもならないのだ。それに、彼女が転んでしまうよりはずっといいと思う。
「癒される感じがするから、じゃない?」
「あ、そんな感じするかも…。あのへんとか、すごくきれいだし」
 不二と繋いでいない左手で、は左遠くを指差した。そちらは山で、樹が密集して生えているのだろう。ここからは遠いので、桜花が霞のように見える。
「そうだね」
「…周ちゃん」
「ん?」
「連れてきてくれてありがとう」
も、誘ってくれてありがとう」
 二人は幸せそうに微笑みあって、歩き出した。
「そろそろ座ってゆっくりしようか」
 散策はまたあとで出来るし、と不二が言うと、は「うん」と頷いた。
「あのね、お茶を飲みながらお花見って憧れてたんだ」
「フフッ、そうなんだ。じゃあ今日は好きなだけできるね」
「うん。だから、道明寺桜餅と三色団子、作ってきたの」
 電車の中で重箱に弁当を詰めてきたとから聞いていた不二は、更なる驚きに思わず色素の薄い瞳を瞠る。
 今朝、いったいは何時に起きたんだろう。
 ゆうべワクワクして中々寝付けなかったのではないかと思うと、花見をしながらは寝てしまうのではないだろうか。
「…、昨日はちゃんと寝た?」
「9時にお布団に入って寝たよ。どうして?」
 きょとんとした顔では首を傾げた。
 彼女の睡眠不足を心配していた不二は、ほっと胸を撫で下ろした。ちゃんと睡眠が取れているのならいいのだ。
が寝不足だったら…」
「だったら?」
「膝枕してあげようかと思って」
「こっ、こんなところでしてもらったら恥ずかしいよ!」
 頬をほんのり赤く染めて慌てるに不二はクスッと笑う。
「冗談だよ」
 不二にからかわれたのだとわかって、はむくれた。
「ごめんごめん。そんな顔しないで」
「周ちゃんのせいだもん」
 怒っているというより、拗ねてるような声色に不二は頬を緩める。
 こういう反応をするのが可愛いからついからかってしまう、なんて言えないから、不二は「ごめん」と口にした。
「………うん」
「どこがいいかな?」
 今のうちとばかり、不二は話題を変える。こういうところが菊丸が言うように「人が悪い」のかもしれない自覚はある――のだが、改善を考えたことはない。
「あのへんがいいな」
 樹の近くで、日向のような日陰のような――居心地がよさそうな場所をは指していた。
 初めからが好きな場所でと思っていたから、不二に異論はない。
「うん、そうだね」
 居心地がいい場所へ移動し、芝生にピクニックシートを広げて腰を落ち着けた。
 そして二人はお茶と和菓子をお供に花見をし、正午を少し過ぎた頃、昼食を取りながら、ゆっくり花見を楽しんだ。




END



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