いつだって君は無理して笑うから




「……やだな。そんな深刻な顔しないでよ」
 なんでもないような顔をして、君は微笑む。黒い瞳の奥に切なさを隠して。
 表情も仕草も行動も、普段となにひとつ変わらないから、僕はずっと気がつかなかった。いや、気づこうとしなかったのかもしれない。
 いっそ君が泣いてくれたなら、腕だって胸だって君の気が済むまで好きなだけ貸すのに。
 それさえも、僕はできない。
 もどかしくて、実力行使しようと思った事もある。けれどそれは、君の僕に対する評価が変わってしまいそうで、たった一歩の距離が踏み出せない。
 いつだって無理して笑う君の傍にいる事しかできない。僕は君の力になれずに、痛みを堪える君の傍にいるだけだ。
「深刻な顔にもなるよ」
「いいのよ。…もう終わったから。だから、これで最後よ」
 宣告なのか決意なのか、呟いて空を見上げた。
 すっかり暮れた空には一番星が輝いている。
「……強がるのって疲れると思わない?」
 空を見上げたまま、ぽつりと呟く。
「寄りかかる事は考えないんだね」
 束の間の沈黙が落ちる。
 君が彼に寄りかかるという選択をした事は、きっとないのだろう。
 親衛隊を名乗る女生徒に絡まれた時は、毅然と言い返して。登下校時に待ち伏せされていた時だって。
 君は悪くないのに、危険に遭った事さえ隠して、君は無理して笑っていた。
 けれど半年して、君は彼と別れた。
 好きではなくなったという理由ではなく、強がる事が疲れてしまったからだという事実に、僕は気がついてしまった。
「………好きな人の負担になりたくないでしょう?」
 視線を僕に向けて、僅かに瞳を細めて微笑む。
「僕は、負担とは思わないよ」
 おそらく、彼も。大切にされている君を遠目で何度も見かけたから、わかる。
「不二くんは優しいからよ」
「そう思ってくれてるなら、僕に寄りかかればいい」
「…不二くんだけはダメ」
 真顔で首を横に振った。
 僕だけはダメ――。
 決定的な拒絶のようだった。
 けれど。
「ずるずると甘えてしまいそうだから」
「どうして?」
「……心地いいから、かな」
 心地いいからずるずる甘えてしまいそう、と君は言う。
 そう言われて納得できるほど、僕は人間ができていないんだ。
 いつだって無理して笑う君を甘やかすのは、悪い事じゃないと思う。
 それに、もうほうっておけない。君が彼と距離を置いたのならなおさら。
 今まで踏み出せずにいた一歩を踏み出して、距離を縮める。
「いつだって君は無理して笑うから…」
 ぐいっと華奢な身体を引き寄せて、背中に腕を回して抱きしめる。
「ふ、不二くんっ!?」
「…見守るだけなんて、もう無理だ。甘えてよ、思い切り」
「………ダメ」
 弱々しく首を振るけれど、僕から離れようとする気配はない。
「僕は泣き出したってわめいたってかまわないよ」
 小さな子をあやすように、頭を撫でる。
 甘えていいのだと伝わるように。
「………私を甘やかすとあとで後悔するわよ」
「しないよ。だから、安心して泣いていいよ」
 もう堪えなくていいと思ったのだろう。小さな嗚咽が耳に届く。
 そうしてしばらくの間、小刻みに震える華奢な身体を抱きしめていた。

 いつだって君は無理して笑うから、壊れてしまうんじゃないかって心配で仕方なかったんだ。
 だから、好きなだけ泣いていいよ。
 君が泣き止むまで、可愛い笑顔を見せてくれるまで、僕は傍にいる。




END

2010.06.25再録、修正
抱きしめる5のお題 1.いつだって君は無理して笑うから
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