君に贈る銀の星 梅雨の合間の珍しく晴れた日。時刻は夕方だが、日が沈むのが遅いため周囲は明るい。 そんな中、今日も仲良く手を繋ぎ歩いている、不二との姿がある。ちなみに帰り際、また今日も手を繋いで帰るのか、と言った顔をした菊丸がいたのだが、不二は涼しい顔で一蹴し、は全くそれに気がついていなかった。 「ねえねえ、周ちゃん。もうすぐ七夕だね」 不二を見上げて笑う顔に、一緒にでかけられるかな?と大きく書かれている。 無邪気な彼女が可愛らしくて、不二はクスッと微笑んだ。 「今年も一緒にでかけようか、」 先回りして言うと、はぱっと瞳を輝かせて嬉しそうに頷く。 「今年もね、周ちゃんと行きたいなって思ってたの」 知ってるよ。顔に大きく書いてあったしね。 不二は胸中で呟いて、「じゃ、が誘ってくれるのを待てばよかったかな」と緩く首を傾げる。 嘘ではない。の誘いを待たず、先に誘っただけだ。誘われるのもいいが、誘うほうが好きだ。自分の一言で喜んでくれるの笑顔を見るのが好きだから。 不二の言葉には瞳を瞬いて、楽しそうに笑う。 「でも、周ちゃんが誘ってくれるの嬉しいよ」 「クスッ、それは光栄だね」 「部活で作ってる浴衣着てお祭り行くの楽しみだなあ」 うきうきとステップでも始めそうなほど、は嬉しそうだ。 は小さな頃から無邪気で可愛い。こういう彼女をこれから先も独り占めできるのが自分だけだと思うと、思わず頬が緩む。 「どんな柄の浴衣?」 不二が訊くと、は愛らしく首を傾げた。 「周ちゃんはどんな柄だと思う?」 珍しく、問いに対して問いで返してきたに不二は一瞬目を丸くした。彼女がこういう言い方をするのは、当てて欲しいと思っている時だ。 外しても拗ねたり怒ったりはしないだろう。着物の柄など無数にあるのだから。 だがやはり、不二としてはずばり当てずとも、かする程度には当てたい。 に似合う柄か。が好きな柄か。それとも、その両方か。 しばらくの沈黙後、不二は口を開いた。 「薄紫色の花柄、かな?」 は瞳を大きく瞠った。 「どうしてわかるの?」 「あ、あたりなんだ」 まさかずばり当たるとは思っていなかったので、不二も軽く驚いた。けれど、当たったのは嬉しい。に似合う色、が好きそうな柄を選んだ末の答えだったから。 「白にピンクの花柄とどっちか悩んだんだけど、そういう柄の浴衣を昔着てたような気がしたんだ。だから、に似合いそうな色を選んだんだ」 「あのね、白っぽいんだけど、ちょっと薄紫色になってるところがあって、笹百合の柄なの」 「じゃ、少しだけ当たりってとこかな。 7日の楽しみが増えたな」 不二はフフッと微笑む。 「周ちゃんも浴衣着る?」 「えっ?……そうだね、着るとしても父さんのを借りることになるかな」 「じゃあ今年は去年と違う浴衣があれば着るってことだよね」 父の浴衣ではない浴衣があるなら着る、というのが意味としてはあってるとは思うのだが、どことなく会話がかみ合っていない気がする。 それに、なぜは嬉しそうに笑っているのだろう。 「家に帰ったら届けに行くね」 その言葉に不二は色素の薄い瞳を驚きに瞠った。 話の流れで考えると、彼女が届けるというのは浴衣という答えにたどりつく。 「周ちゃんに似合いそうな生地を選ぶの楽しかったんだよ」 「……」 「…?…いやだった?」 しゅんとしょげた声に不二は我に返って、慌てて首を横に振る。 「ありがとう。が作ってくれた浴衣なら、喜んで受け取らせてもらうよ」 「着るのは?」 「もちろん着るよ」 「よかった」 嬉しそうに笑うに不二は微笑み返し、胸中で呟く。 僕を振り回せるのは君くらいだよ、。 この驚きのお返しはきっちりさせてもらうから、ね。 七夕の夜は晴れ渡った空とはならなかった。 「……あんまり星が見えないね」 不二と手を繋いで歩きながら夜空を見上げたが言った。彼女はいささか不満気な顔をしている。 「そうだね。でも雨が降ってないし、そのうち晴れるかもしれないよ」 「うん…だったらいいな」 「それより、上を見ながら歩いてると危ないよ」 はうん、と頷いて不二に視線を向け、首を傾けて小さく笑う。 「でも周ちゃんがいるから」 黒い瞳に絶対の信頼と安心の色が見えて、不二は微苦笑した。 頼りにされているのは嬉しいのだが、もう少し注意して欲しいと思う。けれど、甘えてくる彼女が可愛いから、このままでもいいかなと甘やかしたくなる気持ちもあって。 「そう言ってくれるのは嬉しいけど、もうちょっとだけ気をつけてくれると嬉しいな」 は瞳を瞬いてこくんと頷く。素直な彼女に不二はクスッと笑った。 林檎飴やたこ焼き、綿菓子などの夜店が並ぶ通りを過ぎ、神社の境内へと向かった。 朱色の鳥居をくぐり7メートル程歩いたところに大きな竹が設置されている。竹には色とりどりの短冊が吊るされていた。脇にある台の上に籠に入った短冊があり、それに願い事を書いて笹に吊るせようになっているのだ。 「周ちゃん、何色?」 短冊の色をどうしようか迷ったは不二に訊いた。 「スカイブルーだよ」 「……じゃあ周ちゃんとお揃いの色にしよ」 そうして二人は短冊に願い事を書き、笹に吊るした。 「叶うといいなあ」 「じゃあ、近いことを叶えてあげようか」 「え?」 「、目を瞑って、掌を上にして手を出して」 戸惑いつつ、は不二の言うことに従った。 「僕がいいよって言うまで、目を開けないで」 「うん」 掌に冷たい感触があった。 なんだろうと目を開けそうになって、不二との約束を思い出す。 「いいよ」 目を開けて、自分の掌を見つめたの瞳が驚きに瞠る。 掌にビー玉程の大きさの銀色の星が二つ乗っていた。立体の星の中には小さな白い珠が入っている。 「きれい…天の川みたい」 「気に入ってくれたなら嬉しいよ」 「すごく嬉しい! ありがとう、周ちゃん」 花が綻ぶように、嬉しそうに笑うに、不二の色素の薄い瞳が優しく細められる。 「浴衣のちょっとしたお礼だよ」 それと、驚きのお返し、と不二は胸の内で呟く。 「つけてもいい?」 「もちろん」 は鏡がないので手探りで、貰ったばかりの対の銀の星――イヤリングを耳につけた。 「……どう?」 「ちょっとずれてるかな。……はい、いいよ」 「ありがとう」 はにかんで笑うの手を不二は取って再び手を繋ぐ。 「じゃ、行こうか」 「うんっ!」 そうして二人は神社を後にし、七夕祭りで賑わう通りへ足を向けた。 END BACK |