出会いの坂道 立ち止まり、溜息をひとつ。 けっこう上がったと思うのに、坂道はまだ続いている。 「大学の九号館で待ち合わせでいい?」 そう言った友人に深く考えず、「いいよ」と答えたのは自分だ。 けれど、その九号館が大学敷地内ではなく、1キロも坂道を上がった先にあるとは思いもよらなかった。 つい五分程前に大学の正門をくぐり校内案内図を見、冗談ではなく眩暈がした。 緩やかな坂ならまだしも、何故こんなに急斜面なのか。 話によると九号館は研究室がいくつかあるらしいが、毎日ここを上がっていかなくてはならない学生たちに同情を覚える。 唯一救いかもしれないと思えるのは、道の両端に植えられた桜の樹だ。 ちょうど桜の盛りである今、数日すれば満開になるだろう桜が慰めに――気休め程度だが――なる。 あと少し。 そう自分を奮い立たせ、は再び坂道を上がり始める。 九号館へと続く坂道の途中、坂道を下ってくる人の姿があった。 ここの学生かな?通い慣れてる感じがするし。 がそんなことを思いながら上がっていると、すれ違い様に声をかけられた。 「さん」 は驚きに瞳を見開いた。 「あ、ごめんね、驚かせて」 口を開くより先、声をかけてきた人が申し訳なさそうに詫びた。 「まさかこんなところで会うなんて思わなかったから」 その言葉には瞳を瞬いた。 この人、私の事知ってるの? 自分は目の前にいる、にっこり微笑んでいる人を知らないのに。 どこかで会ったことがあっただろうか、と記憶を辿ってみても覚えがない。 そもそもこんなに素敵な人に会っていたら覚えているに違いない…と思う。 色素の薄い――ウォルナットブラウンの髪と瞳、優しい笑顔。 「……はい、これ。落としたよ」 ――…はい、これ……… 耳に届いた声に脳裏を掠めた場景と声があった。 ほんの数秒の出来事だったし、逆光で顔が見えなかった。 けれど、声に――言葉に聞き覚えがある。 「もしかして、あの時の?」 「あ、覚えてくれてた?」 「えっと覚えていたというか、覚えてなかったというか…」 あの時――テニス部の試合を見に行った会場で生徒手帳を落とし、拾ってくれた人がいたことは覚えている。 けれど逆光だったし、すでに試合が始まっていたから急いでいた。だから顔は覚えていなかった。 あれ、でも…。 腑に落ちない事があり、は首を傾げた。 落としてすぐに声をかけてくれたこの人は生徒手帳を開いたように見えなかったし、そんな時間はなかった。それなのにどうして、名前を知っているんだろう。 「六角のテニス部に知り合いがいるんだ。だから僕は君の名前を知ってる」 の疑問は、彼女の表情から察したらしき人の口から告げられた。 「あ、まだ名乗ってなかったね。僕は不二周助」 「えっ!?不二って、もしかして、青学ナンバー2で有名な不二くん?」 「有名かどうかは知らないけど、君が言ってるのは僕の事だと思うよ」 は思わず不二を不躾なくらい見ていた。さん、と不二に呼ばれるまで。 「は、はい」 「君はこの大学に通ってるの?」 「いえ、今日は…友人と待ち合わせしててここへ」 「桜は好き?」 「えっ、まあ、それなりに好きかな」 どうしてそんなことを聞くのだろうと思いながら、素直なは質問に答えた。 「明日、何か予定あるかな?」 「特に何も」 「だったら、君をデートに誘ってもいいかな?」 「はぃ?」 は瞳を瞠ってすっとんきょうな声を上げた。 「ダメかな?」 「や、ダメとかそういうんじゃなくて、ですね」 なんとか自分を落ち着かせようとは試みた。 「うん?」 「どうして、私を?」 「君の事が気になるから」 「……」 「…納得してもらえない?」 「えっ、あっ、そうじゃなくてっ」 気になる、なんて言われたのは初めてで、戸惑って返事を出来なかっただけ。 誤解させてはいけない、とは慌てた。 「あの、…嬉しい、です」 「ありがとう」 微笑まれて、頬が熱くなるのをは自覚した。 今頃になって急にドキドキしてきた。 「あ、あの、不二くん…」 「うん?」 「明日晴れるといいね」 「クスッ、そうだね」 二人の頭上で、桜花が風に揺れていた。 END 【春の優しい】5のお題 5.出会いの坂道 starry-tales様(http://starrytales.web.fc2.com/) ※April Fool企画用に書いたけどボツにして使わなかったのが出てきたので BACK |