君の目が覚めるまで




「ただいま」
 玄関の扉を開けて家に入った周助は、妻の声がしないことに首を傾げた。
 三時間程前、いつものようにトレーニングに行くのを見送ってくれた時、でかけるようなことは言っていなかったのだが。
 結婚してからずっと、は近所のスーパーに買い物へでかけるだけでも、自分が家にいるいないに関係なく一言あった。一言なくてもメモでもあれば周助はそれで構わないのだが、彼女はそれが嫌らしい。
 リビングへ足を向けた周助は、驚きに一瞬色素の薄い瞳を見開き、ついでクスッと口元に笑みを刻んだ。
 どこかへ出かけたのかと思っていたが、ソファに横たわって寝息を立てている。
 ソファから少し離れたフローリングの床に、畳まれた服と、その横に洗濯物の小山がある。どうやら取り込んだ洗濯物をたたんでいる最中に眠くなってしまったらしい。
 周助は寝室へ行きタオルケットを取ってくると、寝ているの身体にそっとかけてやった。
 ソファで寝ているの頭元へ、彼女が起きないように慎重を払って腰を下ろす。
「………ん……周ちゃ……」
「僕の夢を見てるの?」
 寝言で自分の名を呟くに、周助は瞳を細めた。
 本当に可愛くてたまらない。
 周助はの前髪をそっと払い、あらわになった額に羽が触れるようなキスをした。唇にしたかったが彼女が起きてしまうかもしれない。過去一度した時は起きなかったけれど、今は起こしたくない。このまま自然にの目覚めるまで、寝かせてやりたかった。
「ゆっくりおやすみ」
 周助は気持ちよさそうに眠るに囁いて、ソファから静かに立ち上がった。



 時計の針が正午の位置で重なるまで後数分となった頃。
 周助はカウンターキッチンで昼飯の支度をしていた。
 いつもに作ってもらってばかりだし、たまには彼女に作ってあげたいと思ったからだ。妻のように手の込んだ物は作れないが、簡単な物なら作れる。
 メニューはチキンのトマトソースかけとサラダにパン。デザートにフルーツヨーグルト。
 トマトソースを弱火にかけながらの様子を伺うと、華奢な身体が身じろぎし、ゆっくりと起き上がった。目が覚めたようだ。
「……、目が覚めた?」
「え…えっ、周ちゃん帰ってたの?」
 は驚きに瞳を見開いた。
「うん。君は気持ちよさそうに寝ていたから、起こさなかったんだ」
 その言葉にはハッとした顔で口元に手をやった。
「洗濯物たたまなきゃ!」
「それなら僕がやっておいたよ」
「えっ!? あ、本当だ…ありがとう」
 は洗濯物をたたんでいた所へ視線を向け確認すると、安心したようにほっと息をついた。
「どういたしまして」
「……あれ?周ちゃん、何してるの?」
 きょとんとした顔では首を傾げる。
「昼御飯を作ってるんだよ」
「もうそんな時間!? 洗濯物をたたませた挙句に御飯の用意までさせちゃうなんて…」
 うう、と肩を落とすに周助は優しい笑みを向けて言った。
「いいんだよ。僕がしたくてしてるんだし、たまには愛しい妻を労わないとね」
「周ちゃん……」
 目元を赤く染めて嬉しそうに微笑むに、周助は笑みを深めた。




END

初出・WEB拍手/加筆修正し再録(2010.9.17)

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