Halloween Previous night Side You 十月最後の土曜日。 リビングで夕食後のほうじ茶を飲みながらのんびりテレビを見ていると、家の電話が鳴った。 今夜両親は出かけていて家には自分しかいないので、は立ち上がって電話に出た。 「はい、です」 「。僕だけど」 受話器越しに届いた声にはぱっと瞳を輝かせる。 「周ちゃん!どうしたの?」 「明日時間あるかな?」 「うん」 もしかしてお誘いの電話なのだろうか。だったら嬉しいな、とは頬を綻ばせる。 「はハロウィンパーティーって興味ある?」 は瞳を瞬いて、小首を傾げた。 「ハロウィンパーティー?」 デパートのポスターや雑誌などで単語を目にする事はあるけれど、実際どのようなものなのか調べたりした事はないので知らない。 そういえば数日前、駅前のデパートで【今年のハロウィンは日曜日。家でSweet Halloween Partyしよ】と書かれたデパ地下のポスターを見た。もしかしたら、そういう事をやるパーティーなのかもしれない。 「うん。仮装してTrick or Treatって言って回ったり…スイーツを食べながら談笑する感じ、かな」 「わあ、楽しそう。行きたい! あ、でも仮装って言われてもそんな服持ってない」 服がなければやっぱり参加できないだろうか、と声がしぼんでいく。 「実はさ、この話を持ってきたのは姉さんで、の服、うちにあるんだ」 「えっ?そうなの?どんなの?」 「魔女」 「魔女って黒いとんがり帽子を被って箒を持ってるあの魔女?」 昨夜テレビの金曜映画で見たばかりの魔女の姿を頭に思い描いた。黒いロングドレスのような衣装の魔女は鼻が長かったけれど、ああいう鼻をつけなければダメだろうか。ちょっと…いや、かなり可愛いとは離れているから遠慮したいなあ、と思った。 「たぶんそうだと思う。姉さんが見せてくれないからよくわからないんだ」 「…周ちゃん」 「ん?」 「衣装を見に行ってもいい?鼻があるかどうか気になるの」 「鼻…?」 困惑気味な周助の声には「うん」と頷く。 「ダメ?」 「いや、いいよ。じゃあ、家の前で待ってるよ」 「え?なんで?」 どうしてわざわざ外に出るの?と言外に告げる。 「に何かあったら困るだろ。だからだよ」 優しくい声色には目元をほんのり赤く染めた。 「…すぐ行くね」 「クスッ。慌てないでいいから、ゆっくりおいで」 「うんっ」 とてもゆっくり行く様子には見えない顔で返事をして、は電話を切った。 外出中の両親へメモを残す事などすっかり頭から消えていたは、テレビを切るとリビング棚の引き出しから玄関の鍵を取り、隣の不二家へ向かった。 Side Syusuke 「ちゃんはなんて?」 周助が電話を切ると、由美子は待ちきれない様子で口を開いた。 「衣装が気になるから今から来るって」 その言葉に由美子はくすくす笑う。 「やっぱり可愛いわね、ちゃん」 楽しそうな姉の声を背中で受けながらリビングを出、玄関へと急ぐ。のあの様子だと、一分とせずに来そうだ。 周助が門へ着いた時、扉が閉まる音が聞こえた。ついで、ぱたぱたという足音が響く。 「ゆっくりおいでって言ったのに。仕方ないな、は」 呟いた声は愛しい恋人に届くことなく闇に吸い込まれていく。 「周ちゃん」 「慌てないでおいでって言っただろ」 の額を右手の人差し指でつんとごく弱く押す。 「だって気になっちゃって…。ごめんなさい」 上目遣いで謝られて、周助は苦笑するしかない。彼女の仕草が天然ゆえだとわかっているし、本気で怒っているわけではない。それに、しゅんとしょげている顔も可愛くて好きだ。 「いいよ。 おいで」 周助はを連れて自宅へ戻った。 家の中へ入ると由美子が二人を待っていた。 「いらっしゃい、ちゃん」 「こんばんは、由美子お姉ちゃん。あの、」 「周助から話は聞いてるわ。衣装は私の部屋にあるから、一緒に来てくれるかしら」 頷いて、はお邪魔しますと上がった。 「周助」 「何?」 「着替えて私の部屋に来てちょうだい」 「着替えてって?」 首を傾げると、由美子はにっこり微笑んだ。 「もちろんさっき渡した衣装によ」 「何を企んでるのかな、姉さん」 「ふふっ。いいことよ。カメラを持ってくるといいわ」 「なるほど。そういうことか」 クスッと笑みを零す周助と、楽しそうな由美子には首を傾げた。二人の会話の意味がさっぱりわからない。 「あのー、よくわかんないんだけど…」 気になって口を挟んだに、周助は「あとでわかるよ」と笑顔で告げて、あとでね、と階段を上がっていってしまった。 「じゃあ私たちも行きましょうか」 「あ、うん」 あとでわかるならいいか、とは由美子についていった。 自室へ入った周助は壁に備え付けのクローゼットを開けた。 「明日、ハロウィンパーティがあるの。はい、周助の衣装。あ、ちゃん誘ってね」 今から15分程前、そう言って由美子から渡された黒い衣装一式を取り出す。 黒い礼服に黒い蝶ネクタイ。 裏地がワインレッドの黒いマント。 衣装の中で一つだけ反対色の白いワイシャツ。 そして、小箱の中には尖った牙が二本。 「……ヴァンパイアってところかな」 ミイラ男やフランケンシュタインじゃなくてよかったな。 たぶんヴァンパイアだろうと思われる衣装に着替え、周助は愛用のカメラを手に――ヴァンパイアには不似合いだったが――姉の部屋へ足を向けた。 姉の部屋の扉をノックし、もう少し待ってと言われ、待つこと数分。 「いいわよ」 ガチャリと部屋の扉が開き、姉が顔を出す。周助は入るように言われて、部屋へ足を踏み入れた。 色素の薄い瞳に恋人の姿を映した周助は一瞬瞳を見開き、ついで細めて微笑んだ。 はとんがり帽子をかぶって、ふんわり広がった膝丈のドレススカートを着て、マントを羽織っている。マントの裏地はオレンジで、それ以外は黒で統一された衣装の彼女はたいそう可愛い。初めて見る二つの三つ編みもとても似合っている。 「似合ってるね、。可愛いよ」 その言葉に白い頬をほんのり赤く染めて嬉しそうに笑うを周助はカメラに収めた。すると彼女はちょっと拗ねた顔になった。 「周ちゃんばっかりずるい。私も周ちゃん撮りたい」 「………え?」 周助は驚きに瞳を瞬く。まさかそんな言葉が返ってくるとは思ってもいなかったのだ。てっきりは顔を真っ赤にして照れ、不意打ちで撮るのはダメ、と言ったりするかなと、そう思っていた。 「狼男の周ちゃんなんて珍しいもん」 「狼男…?」 繰り返す周助には不思議そうな顔で小首を傾げた。 「耳がないけど、狼男でしょ?」 は周助の傍へ行き、少し照れたような顔で言った。 「周ちゃんが狼男ってしっくりしないけど、似合っててすごくカッコイイ」 ちらりと姉に視線を向けると、苦笑していた。 やっぱり、と周助は胸の内で呟く。 「ありがとう。 けど、この衣装は狼男じゃなくてヴァンパイアだよ」 「えっ?そうなの?」 由美子へ滑らせると、「ええ」と頷かれて、は頬を真っ赤に染めた。 「狼男も考えたけど、そうするとちゃんが食べられちゃうわ。だから周助はヴァンパイアにしたの」 はまだ火照る顔をきょとんとさせ、首を傾げる。 「私が食べられる?」 「ええ。周助に美味しく食べられちゃうと大変だわ」 「姉さん」 にっこり笑顔で、けれど瞳は全く笑っていない。テニス部の誰か――菊丸あたりがいたら逃げ出していそうな類の危険な笑みを周助は浮かべている。だが。 「冗談よ」 由美子は降参と言いたげに両手を上向きに返したが仕草だけで、彼女は笑顔でかわした。そんな姉に周助はハァと溜息を零す。 本当に相変わらずだ、と周助は自分の事は棚に上げて思った。 「、姉さんの言った事は忘れていいから。それより、もう一枚写真を撮らせて欲しいな」 「周ちゃんも撮らせてくれるならいいよ」 「もちろん」 撮影会でも始めそうな二人に由美子はくすくす笑う。 「じゃあ、それは周助の部屋でお願いするわ」 「あ…」 言われて、由美子の部屋に居たのだと思い出す。 「行こう」 周助はの手を引き、由美子の部屋を出た。 それから二人は周助の部屋でお互いに写真を撮り合ったのだった。 余談だが、不二家に来たは泊まっていったらという淑子の言葉に甘えて電話をし母親に言われるまで、メモを残さなかった事に気がつかなかった。 END BACK |