Loving Space

 

 くり御飯
 生湯葉と三つ葉の吸い物
 鮭のバター焼き
 茶わん蒸し
 ほうれん草としめじの和え物
 栗の茶巾饅頭

 それらをリビングのテーブルに並べて、 はふうっと息をついた。
 二人分といえど、これだけの料理を作るのは久しぶりなので少々疲れた。
 自分一人なら、ここまで手の込んだ料理をたくさん作ったりはしない。
 だが今日は久しぶりに恋人が家に来るので、 は腕をふるったのであった。
 もっとも、 は料理をするのが好きであるし、得意であるから特別困ったことはないのだけれど。
 でも、ちょっと張りきりすぎたかな、とも思っていた。
 そして、一番気になるのは周助の反応だった。
 懐石料理のようにこのように作ってしまって、呆れられてはいないだろうか・・・。
 けれど、そんな彼女の不安は皆無であった。
 周助は瞳を見開いて、感嘆の声を上げる。

「すごいね、

「ちょっと張りきりすぎたかも」

 苦笑しながらそう言って、 は周助のむかいに腰を下ろした。

「こうやって二人で夕食を食べるのは久し振りだよね」

「そうね。最近は外で逢うことの方が多かったから。
 …ごめんね。私のせいよね」

 今日のようにゆっくり逢えなかったのは、仕事に追われていた自分のせいだ。
 そう は思っていた。
 学生である周助と違って、社会人である自分が忙しいのは当然といえば当然のことだけれど。それでもやっぱり周助の言葉を聞くと心が痛んだ。
 だから申し訳なくて、つい謝ってしまった。
 けれど、周助はそれを否定するように首を横に振った。

は悪くないから、謝らなくていい。
 僕はね、君と一緒にいられるなら場所なんてどこでもいいんだ」

 そう言って周助はにっこり笑った。
 その表情に偽りは見られない。心底そう言ってくれていることが分かり、彼女は自分の心が軽くなっていくのが分かった。
 だから は嬉しさに顔を綻ばせた。

 場所や時間なんて関係ない。
 大切なのは、いまこうして二人でいられる空間なのだから。

「私も周助といられるなら、それだけでいい」

「うん。…そろそろ食べようか。せっかくの料理が冷めちゃうよ。
  が僕のために作ってくれたんだから、温かいうちに食べたいしね」

 

 食事を始めて数分後。

、食べないの?」

 料理に手をつけずに自分の食べている所を見つめている に周助が不思議そうに声をかけた。

「食べるよ。だけど…」

「だけど、なに?」

 周助がそう訊ねると、 は瞳をそっと伏せた。
 そして溜息まじりに。

「周助は和食派じゃなかったなって。
 それに辛いものを作り損ねたし…」

 その言葉に周助は一瞬驚いた顔をした。
 こんなに愛のこもった料理を作ってくれたのに、彼女は恋人の好きなものじゃなかったと考えて、落ち込んでいるらしい。
 そんな彼女があまりにも『らしく』て、愛しさが込み上げた。

「クスッ。 の作るものはなんでもおいしいから好きだよ。
 辛いものは次の楽しみにとっておくから、ね?」

 これから先もずっと二人でいるのだから、そんな心配は必要ない。
 そんな周助の気持ちが伝わったのか、 は優しく笑った。

「ありがと。やっぱり周助は優しいね」

 そう言って彼女は笑ったけど、でもホントに優しいのは一一一。

 周助は心の中でそっと呟く。

(君の方が何倍も優しいよ。

 

 

 

 それから二人きりの甘い時間をゆっくり過ごした恋人たちは、リビングのソファでくつろいでいた。
 ガラステーブルの上には、 が淹れた紅茶が入ったティーカップが二つ並んでいる。

「ちょっと食べ過ぎたかも・・・」 

  は周助に寄り添って、彼の胸に顔を埋めて呟いた。
 その言葉に彼はクスリと笑って。

「ちょっと作りすぎたんじゃない?」

「やっぱり?でも、周助が嬉しそうに食べてくれるから、ついつられちゃって」

「フフッ。でも食べ終わってから1時間はたつのに苦しいの?」

 それに は首を横に振った。

「苦しいんじゃなくて、あんなに食べちゃったら、さすがに太りそうじゃない」

 いくら太らない体質でも物には限度というものがある。
 普段の倍くらい食べてしまったような気がしてならない。
 眉間に皺を寄せ太る心配をする恋人に、周助はフッと口元に笑みを浮かべた。
 それはほんの一瞬で、 は気付かなかった。

「それなら運動すればいいじゃない。僕、つきあうけど?」

 そう言った周助を は軽く睨んで。

「私がテニス苦手なの知ってるくせに」

 彼女は学生時代バドミントンをやっていた。その為かどうか定かではないが、ボールをインパクトする際に力が入り過ぎてしまうらしい。ゆえにボールはエンドラインを超えてしまって、中々ラリーが続かないのである。
 だからテニスの試合、ことに恋人がしている姿を見るのは好きなのだが、自分がするのは苦手なのだ。
 すると周助は意味ありげに微笑んだ。

「テニスなんて僕は言ってないよ」

 彼が何を言おうとしているのか分からず、 は首を傾げた。

「じゃあ、なに?」

 そう が訊ねると、周助は彼女の耳元に唇を寄せた。

を抱きたい

 その言葉を聞いたとたん、 の顔が一気に赤く染まった。

はイヤなの?」

「イヤとかそういう問題じゃないでしょ」

「いい加減、 欠乏症なんだよ」

  の顔をじっと見つめながらそう言った周助に、彼女は僅かに視線を逸らして。

「イヤって言ったコトないでしょ」

 消え入りそうな声で言うと、周助は嬉しそうに笑った。
 そして の唇にキスを落とすと、彼女の膝裏に腕を回して細い身体を抱き上げた。

「今夜は寝かせないよ」

「・・・バカ・・・」

 そんな会話を交わしながら、二人の姿は寝室へ消えた。


 

 

 



END

【Mauve Tales】藤名翠様主催『Love is all』に投稿した秋用ドリームです。
一部修正・再録。

最近は年上ヒロイン萌えです(強化月間?)
黒い周助くんに振り回されるのが楽しいんですが、そんなのは私だけ?
少しでも秋らしさを感じていただければ嬉しいです。

 

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