色素の薄い茶色い瞳は、光の加減で金色に見えることがある。
 綺麗だなって見惚れてしまって、そうしたら彼がこちらに気がついて不思議そうな顔で首を傾げた。ドリンクボトルで両手が塞がっていたから、首を横に振ってなんでもないのって伝えたら、彼は楽しそうに微笑んでいた。
 その微笑みはまるで見惚れていたのに気がついたと言っているように見えた。




 全てを見透かす眸の前で




 テニス部顧問の竜崎が急な出張で、放課後の部活が珍しく休みとなった。
 部活が休みとなればマネージャーであるも当然ながら休みで、彼女はまだ明るい空の下、青春台の公園に寄り道した。いい天気なのにまっすぐ家に帰るのはもったいないと思ったからだ。
 芝生の上を歩きながら、は何気なく空を見上げた。太陽の眩しさに僅かに細めた黒い瞳に、雲一つない青い空を鳥が飛んでいくのが映った。大きな鳥影は羽ばたくことなく、空を滑るように飛んでいく。
「大きな鳥…なん――っ」
 左足を一歩出すと何かを踏んだような感触が足裏にあった。それと同時にバランスが崩れ、その場に尻餅をつく形で転んだ。
「………った」
 肩にかけていた鞄が運良く背中に回ったようで背中と尻はさほど痛くないが、転んだ拍子に左手を強くついたらしく、少しズキズキする。
 とりあえず左手首が痛い以外に怪我をしていないことにホッとして立ち上がりかけると、近くで「ごめんなさいっ!」と声が聞こえた。声がした方へ視線を向けると、グローブを手にした二人の少年が立っていた。
 顔をくしゃくしゃにして今にも泣き出しそうな少年たちと彼らの手にある野球道具に、は自分が転んだ原因を察した。彼らのどちらかが投げて、どちらかが取れなかった野球のボールを踏んでしまったらしい。
 痛い思いをしたから怒っていいだろうけど、空を見上げながら歩いていた自分も悪かったと思う。
 立ち上がって制服と鞄についた砂埃を手で軽く払って、は視線を再び少年たちに向けた。
「怪我はしてないし、余所見をしてた私も悪かったから」
 一瞬ぽかんとした少年たちはごめんなさいと再び異口同音に口にし、遊んでいたらしき場所に走って戻って行った。
 残されたは軽く嘆息し、左手を胸の前に上げて軽く動かしてみた。少し痛むけれど、この程度なら放っておいても明日には治っているだろう。関東大会が間近に迫っているいま怪我などしてしまったら、マネージャーの仕事に差し支えてしまう。試合に出ることはないけれど、仕事には誇りを持っている。だから怪我や病気で休むことはできるかぎり避けたいし、そうならないように気をつけている――のだが、たまには失敗することもある。
 今日はもう散策する気になれず、は公園をあとにし、帰宅することにした。



 翌日の朝、左手首の痛みは消えていたから、いつもどおり朝練に間に合うよう家を出た。部室の鍵を持っているのは大石との二人で、どちらか先に着いたほうが開けることになっている。だから、他の部員より家を出る時間は少し早い。
 学校の正門が見え始めた時、「おはよう」と右斜め後ろから声がした。
 が振り返るより先、声をかけてきたその人は彼女の右隣に肩を並べる。
「おはよう、周助くん」
 部活以外では名で呼んでいる恋人に挨拶すると、柔らかな微笑みが返ってきた。付き合いはじめてもうすぐ三年目になるのだが、ふとした瞬間の彼の微笑みには、いつだって心臓が騒いでドキドキしてしまう。
はいつになったら慣れてくれるんだろうね?」
 そう言って、クスッと愉しそうに不二は微笑む。
 どうしてこうも思っていることが筒抜けなんだろうか。
 いつも笑っている優しい瞳。
 真剣な色をした瞳。
 鋭さを帯びた瞳。
 そのどれであっても、隠し事や嘘を見抜いて全てを見透かされてしまうような気がする。
「知りません」
 わざとつれない振りしてかわすのが精一杯で、けれど、そんな虚勢もお見通しなんだろうなと思う。
 不二はフフッと笑っただけで何も言わなかったが、彼の顔には「わかってるよ」と書いてある気がした。


 朝練が始まって30分程が経った頃。
 は部員がテニスコートを囲うフェンス外へと飛ばしてしまったボールを取りにコートを出た。茂みに落ちたのを見たので、どの辺りを探せばいいのか検討はついている。
「確かこのあたり……」
 呟いて、茂みの下を覗き込むのにしゃがみこむと、右足首に軽い痛みが走った。不意の痛みに僅かに顔をしかめる。
 準備体操はしているし、ストレッチもしているから今痛めたとは考えにくい。とすると、昨日の影響だろうか。
 ジャージの裾を捲くり靴下を下げて、足首を確認する。
 腫れてないし、少しくじいた程度かな、と結論づけて、茂みの下に入り込んだボールを取って、テニスコートへ戻った。
 そのあとちょっと変な感じがする瞬間が二度三度あったが、痛みという痛みではなかったから気にしなかった。


 朝練が終わり、は部員全員が着替えを終えた部室でジャージから制服に着替えて部室を出た。
「お待たせ」
 部活のあと――朝練と放課後と両方とも、部室の外で着替え終わるのを見張りを兼ねて待っていてくれる不二に声をかけた。
 けれど、いつもなら、「行こうか」とか、「帰ろうか」と言った類の言葉を笑顔で返してくれる彼が、険しい顔をしていた。感情としては怒りに近いかもしれない。
「どうかしたの?」
 不思議に思って訊くと、色素の薄い瞳がスッと細められた。
「僕が気づいてないと思ってるの?」
 不二はの手を引き、まだ鍵をかけていない部室のドアを開け、中へ入った。
「手当てするから、座って」
 言われて、はおとなしく従った。彼の言葉の意味がはっきりわかったからだ。
「あ、あのね、手当てする程の怪我じゃないのよ。ちょっとくじいたかも、くらいだから」
 救急箱を取りに行く不二の背中に向かって、心配ないからと訴える。
 だが、救急箱を持って戻った不二はベンチに座ったの前に腰を落とし、有無を言わせない笑顔を浮かべた。
、右足出して」
「は、はい…」
 危険な種類の笑顔だわ、と心の片隅でちらっと思って、革靴と靴下を脱いで足を出した。
「…やっぱりね」
 溜息混じりに呟いて、不二は手際よく手当てをしていく。はその様子を少し見下ろす形で見ていた。
 周助くんて髪も綺麗よね、などと思いながら見ていると、不二の瞳が見上げてきた。
 吸い込まれそうな、色素の薄い綺麗な瞳。
「いいよ」
「あっ、うん。ありがとう」
「ねえ、いま何を――」
「忘れ物ーっ!」
 不二の声は、突然部室のドアがバンと勢いよく開かれた音と同時に響いた大きな声に遮られた。
 と不二の二人は条件反射でドアの方へ瞳を向けた。そこにいたのは――部室に飛び込んできたのは、二年生の桃城武だった。普通なら部室のドアが開いていた時点で誰かが居ると考えるが、忘れ物をしたことだけしか頭になかった桃城は、飛び込んだ部室で視界に入った光景に一瞬固まった。
「……お…お邪魔しましたあああーーー!」
 見てはいけない場面を目撃してしまったと言わんばかりに全力で踵を返し、入ってきた時より勢いよく、桃城は部室を出て行った。
「桃の奴、忘れ物はいいのかな?」
 不二は緩く首を傾げて、少しの動揺もなく言った。
「ええ、そ……じゃなくて!」
 は頷きかけて、彼の論点がずれていることに声を上げる。
「クスッ、わかってるよ。今は君が何を考えていたのか訊くのが先だよね」
 にっこりと不二が微笑む。
「ど、どうして話が戻るの?」
「聞いてないからに決まってるだろ」
「…別に何も……」
 不二に彼我を縮められたは誤魔化した。けれど、全てを見透かす眸の前で嘘は通じない。
 クスッと笑って、不二は更に彼女との距離を縮めた。彼の瞳に自分が映っているのがわかるほどの近さに、心臓が跳ねる。
「しゅ、う――」
「嘘吐きだね」
 間近で覗き込んでくる彼の瞳に微かに浮かぶのは、からかうような色。
「わ、わかってるのに訊くなんてズルイじゃない」
 むくれるに不二はフフッと微笑んで、全てを見透かす眸を微かに細めた。
「なんとなくはわかっても、聞きたいんだ」
 好きな子の口からね、と甘く囁いて、の頬を両手で優しく包み込んで、彼女の柔らかな唇との距離を縮めた。




END

青学オンリー企画【それでも君が!】提出作品
Title by.rewrite様

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