デパートや街中でクリスマスソングが流れ出した、12月初旬の夜。
 は二階にある自分の部屋で、携帯メールを打っていた。
 送信相手は不二周助。隣家に住む幼馴染であり恋人でもある人。
 その彼は11月中頃から、テニスの合宿――U-17合宿という、全国から選ばれた者だけが参加する合宿に行っている。
 ものすごくハードな合宿らしいと聞いて、は周助の声が聞きたかったけれど、邪魔になりたくなかったから電話はしていない。でもメールならいいかな、と思って、朝と夜だけ思い切って送信してみた。すると彼から返事がきたので、大丈夫なのかな、との日課になっていた。
 おはよう、とか、こっちは天気がいいみたい、とか、お疲れ様、とか、たいした内容ではないけれど、周助と繋がっていたかった。彼からの返事がすぐに返ってくることはあまりないけれど、それでも返事をしてくれるのがは嬉しかった。
 だから、今夜も。
『こんばんは。周ちゃん、今日も一日お疲れ様でした。 おやすみなさい。』
 打ったメールを送信した数秒後。メールではなく電話の着信音が鳴り、は慌てて電話に出た。ディスプレイに表示されていたのは、大好きな彼の名前だった。ちなみには周ちゃんと登録している。
「こんばんは、
 耳に届いた優しい声には頬を緩める。久しぶりに彼の声が聞けたのがとても嬉しい。
「周ちゃん」
「クスッ、元気そうだね」
「周ちゃんも元気みたいでよかった。あ、電話してて平気なの?」
「うん、自由時間だから。それにに話があるからね」
「話?」
 きょとんとした顔では首を傾げた。
「そう。とデートしたいなって思って」
「えっ?」
 驚きと嬉しさの両方にの声が弾む。
 周助と会えると思うと、それだけでも嬉しい。
 の顔は見えない周助だが、彼女が嬉しそうに笑っている顔が容易に想像でき、クスッと柔らかく微笑んだ。
「合宿が24日に終わるんだ」
「え、じゃあ、クリスマスに会える?」
 期待に胸が膨らむ。
「うん。だから、クリスマスデートしよう」
「うんっ! 嬉しい。早く周ちゃんに会いたい」
 喜びが滲み出ている声に周助は色素の薄い瞳を優しく細めて言った。
「当日、迎えに行くよ」
「…………」
?」 
「あのね」
「うん?」
「周ちゃんと待ち合わせしてみたい」
 家が隣だからどこかで待ち合わせてのデートをしたことがない。だからしてみないな、とは思った。それがクリスマスのような特別な日だったらいいな、と。
「いいよ。 じゃあ、11時に駅前で待ち合わせしようか」
「うん! ありがとう、周ちゃん」




 ひとひらの雪




 クリスマス――12月25日は、家の中なのに吐き出す息が白く見えるほど、朝から寒かった。テレビの天気予報で昼頃に雪が降るかもしれない、と言っていたから今日は寒い一日となるのかもしれない。
 けれど、雪が降るならホワイトクリスマスになっていいなと思うし、そうでなくても今日は久しぶりに周助と会えるから、気持ちは弾んでいて寒さはあまり気にならない。
 およそ一ヶ月振りに会えるから、嬉しくて仕方がない。それに、昨日合宿から戻ったばかりの周助は疲れていると思うのに、デートしようと誘ってくれたのは、もっと嬉しい。
 周助から電話のあった翌日、に付き合ってもらって買った、彼へのクリスマスプレゼントを持って、は弾む足取りで家を出た。
 待ち合わせより10分は早く着きそうな時刻だったけれど、待ちきれなかった。
 今年も大きいツリーが飾られてるの、と話をしたら、そこで待ち合わせしようか、と周助が言った。だからはそこへ向かっている。
 背の高い、緑のツリーが見え始める。それは本物の樅の木のツリーで、金色や銀色の丸いボール、赤や青などキラキラしたモール、赤と白の縞々ステッキなど、華やかな飾りつけがされている。
 雪が降ってきたらきれいだろうな、と思っていると、頬に冷たい感触があった。
 もしかして、とは空を見上げたが、雪は降っていなかった。けれど、空は灰色で、いつ雪が降り始めてもおかしくないくらいだ。
 ちょっと残念に思いつつ、待ち合わせ場所へ歩いて行くと、その下に周助の姿があった。
「あっ、周ちゃんもう来てる」
 呟いたの唇から白い吐息が零れ、霧散する。
 周助は去年の12月初めにがお礼にとプレゼントした、裾に毛糸のボンボンが2つついた裾の長めな白い厚手のセーターを着、オレンジクリームのストールを掛け、ベージュのボトムにこげ茶色の靴を履いている。
 が久しぶりに見る周助の顔――横顔だったが――に、周ちゃんちょっと大人っぽくなったみたい、と思いながら、嬉しくて笑みを浮かべた時。先程目には見えなかったひとひらの雪が、不意に降り始めた。
 の黒い瞳に映っている周助が左手を挙げ、その掌の上に雪を受け止めて微笑む。
 柔らかな微笑みに胸がときめく。
 彼の姿は様になっていて、素敵で、は見惚れて思わず足を止めた。
 時間にして数秒だったと思うが、周助が立ち止まっているに気がついた。周助は自分を見つめたまま動かない恋人に首を傾げ、自分から彼女との距離を縮めた。

 久しぶりに会った恋人の名を呼ぶと、はっとした顔になって、ついで嬉しそうに笑う。
「周ちゃん、おはよう」
「おはよう。 こんなところで立ち止まってどうしたの?」
 疑問を投げると、は白い頬をほんのり赤く染めた。
「周ちゃんが素敵だなあって見惚れてたの」
 周助は色素の薄い瞳を一瞬丸くし、照れたように目元を僅かに赤く染めた。
 にこにこと無邪気な笑みを浮かべているが可愛くて、周助はの背中に両腕を回し、華奢な体を腕の中に閉じ込めた。
「…ただいま」
 は周助の腕の中で彼を見上げ、嬉しそうな笑みを浮かべた。
「お帰りなさい、周ちゃん」
 言って、は甘えるように周助の胸に頭をあずけた。そんな彼女を愛しげに見つめて、周助は言った。
「ねえ、、僕はこのままでもいいけど」
 一旦言葉を区切った周助をはきょとんとした顔で見上げる。
「街中だよ」
「え、あっ…!」
 言われて、ここが街中なのだと思い出した。
 は顔を真っ赤に染め、慌てて周助から体を離す。
「だ、だって、周ちゃんがぎゅってしたからっ」
「したけど、がお帰りなさいって言ってくれたあと離したよ」
 言われてみれば、今しがたすぐに周助から距離が取れた。つまりは自分から甘えて抱きついていたことになる。
 周助は真っ赤な顔で困ったように眉根を寄せているに楽しそうに笑って、彼女の細い手を取って繋ぐ。
「こうするの、久しぶりだね」
 さっさと話を変えた周助にはちょっと拗ねたように頬を膨らませた。
 ずるいなと思ったけれど、繋がれた手が心地よくて、不満より嬉しい気持ちが勝った。
 ずっとこうして手を繋ぎたかった。
 彼の優しい笑顔と繋いだ手の温もりが恋しかった。
「周ちゃん、どこ行く?」
「プラネタリウムはどう?」
「行きたい。あのね、金環日食っていうのやってるんだって」
「へえ、それは楽しみだね」
 周助が合宿所で見た星空の話を聞きながら、二人はプラネタリウムへ向かった。
 すでに上映が始まっていたが、残り15分程で上映が終わる時間だったのでそれを待って、投影を見た。
 プラネタリウムが終わった時には、時刻は昼をすでに過ぎていた。
 昼前に降り始めた雪は変わらずに降っていたけれど、弱い降りで、積もってはいなかった。
「食事にしようか」
 周助の提案にが頷くより先、彼女のお腹がくぅ、と小さく鳴った。
 恥ずかしさにの顔は瞬く間に赤く染まる。聞かれちゃったかな、と顔に書いて見上げてくるに周助はクスッと笑ったけれど、お腹が鳴ったことには何も言わないでくれた。
「何が食べたい?あ、でも、軽めにしておくほうがいいかな」
「どうして?」
 一人で納得している周助には首を傾げる。
「姉さんから僕達二人にクリスマスプレゼントがあるから」
 周助は楽しそうに笑って言った。
「お姉ちゃんから?何?」
「あとでわかるよ」
 にっこり笑う周助はそれ以上教えてくれそうになかったから、は聞くのを諦めた。
 それに、とは思う。わからないのもちょっとわくわくする。
「ちょっと前、ちゃんと美味しいお店を見つけたの。そこでもいい?」
「いいよ」
 周助は頷いて、の手を取った。さっきとは違う、指を絡めるような繋ぎ方にの頬が微かに赤くなる。久しぶりのそれはちょっと照れくさかったけれど、嫌じゃない。右手にちょっと力を入れて彼の手を握ると、きゅっと握り返された。それがなんだかとても幸せで嬉しくて、ははにかんだ笑みを浮かべた。



 あたりが暗くなりイルミネーションが一際輝きを増す頃、雪が目に見えて降り始めてきた。
 駅前のクリスマスツリーに白く雪が降り積もっていく。
「ホワイトクリスマスだね」
「ああ」
 夜になったので、昼間は着ていなかったコートを周助は着ていた。手にはがくれたベージュの手袋をはめている。そして、お互い考えることは同じだったようで、は周助がプレゼントしてくれたふわふわのファーがついた白い手袋をはめている。
 クリスマス期間だけツリーの傍に設置される鐘が鳴り、午後六時を告げた。
「そろそろ行こう」
「行くって?」
 言ってから、由美子からのクリスマスプレゼントに関係したことかな、と気がついた。
「ディナーに」
 が聞きたかったのは何をしに、ではなく、どこへ、だった。
「どこに行くの?」
「それは着くまで秘密」
「ずるいー」
「ずるくないよ」
 ほうがずるい。上目遣いで頬を膨らませて睨む、なんて可愛い顔をするんだから。
 などという、周助の心の声がにわかるはずがない。
「わからないほうがわくわくするだろ?」
 茶目っ気たっぷりにウインクする周助には思っていたことが顔に出たのかな、と思わず手を顔にやった。
「クスッ、可愛い」
「もうっ、周ちゃん」
 はむっとするけれど、それすらも周助は愛しくてならない。
「大好きだよ」
 不意打ちの告白ととびきりの笑顔に頬を染めるに、周助は嬉しそうに、それでいて楽しそうに色素の薄い瞳を細めた。




END

カウントダウンクリスマス「5.ひとひらの雪」
COUNT TEN.様(http://ct.addict.client.jp/)

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