Anniversaire 「えっ?ほんと?」 「うん」 「ほんとにほんと?」 「クスッ。うん、本当に本当だよ」 電話の相手――がいましているだろう顔が想像できて、周助はクスクス楽しそうに笑った。 「ねえねえ、周ちゃん」 「なんだい?」 「周ちゃんのお迎えに行きたいな。いい?」 「ああ、もちろん。嬉しいよ。僕も早くに逢いたいしね」 最後に逢ったのは十二月の終わり。それから一月半程経っている。閏年の今年は、あと二週間ほどで周助の誕生日がある、29日になる。 「……南ウイングは…」 周助を見送る時は彼と一緒だからいいのだけれど、迎えに来る時は一人なので空港で少し迷ってしまう。 案内板を頼りに、周助が乗って帰ってくる飛行機の帰国ロビーへ急ぐ。 この前逢った時、彼は背が伸びて、顔つきも男らしくなっていた。でも、優しい笑顔は全然変わっていなくて、優しいところも変わっていなかった。 周ちゃんどんどんかっこよくなるなあ。 早く逢いたい。 そう顔に大きく書いて、は頬を緩めた。 周助が乗ってくる便の発着時間よりだいぶ早く着いてしまったから――は待ちきれなかったのだ――近くのソファに座って待っていた。 「…まだかな」 呟いて、確認した腕時計の針は、二分ほどしか動いていなかった。 何もすることがないのは退屈だ。いや、何もすることがないというより、何もする気にならない。 心の中は周助に早く逢いたい想いでいっぱいで、他のことに気が回らないのだ。 そわそわしながら待っていると、が待ちわびていた飛行機の到着を知らせるアナウンスが流れた。 もうすぐ逢える! ぱっと瞳を輝かせて立ち上がった時、アイボリー色のワークジャケットのポケットに入れてある携帯電話が鳴った。 メールの着信を知らせたそれを取り出し、急いで見る。着信音が周助専用にしてあるものだったからだ。 『今着いたよ。もう少しで逢えるね』 周助の優しい微笑みが脳裏に浮かぶ。 おかえりなさい、は顔を見て直接言いたいから、は『うん!』と返信をした。 周助と同じ便に乗っていたらしき人たちが、次々にゲートから出てくる。 その人込みの中、は周助の姿をいつ来るかと探した。 やがて、の黒い瞳に待っている人が映った。 彼の名を呼ぼうとした時、彼が右手を上げ、その手を振った。は満面の笑顔で、手を振り返す。 「周ちゃん!」 周助は早足に彼我を縮め、の前で足を止めた。 「周ちゃん、おかえりなさい!」 「ただいま、」 周助は腕を伸ばして、人目もはばからず、の華奢な体を抱きしめた。 「…は抱き心地がいいよね。ずっとぎゅっとしていられたらいいのに」 「っ、しゅ、周ちゃんっ」 「フフッ。ねぇ、キスしてもいいかな?」 大胆なことを言われて、は瞬く間に頬を赤く染めた。 こんなところでキスをされたら大変だ。というか、二人きりの時でもキスをするのは恥ずかしい。何度しても慣れない。 「いい?」 聞きながら近づいてくるから、は嫌と言えなくなってしまう。 「ほ、ほっぺなら」 周助は可愛い恋人にクスッと楽しそうに笑って、赤く染まった頬に唇を押し付けた。 ちゅっ、と音を立ててキスされて、はますます赤くなってしまう。 中学生の時のように毎日一緒にいられなくなってから、周助のスキンシップがエスカレートというか、大胆になっている気がするだ。 「さあ、帰ろう」 周助はさっとの華奢な手を取り、指を絡めるようにして手を繋ぐ。 「周ちゃん、あのね、に――」 「29日は傍にいてくれるよね?」 「むー、いま言おうと思ってたのに」 拗ねるの頭を周助は小さい子にするように優しく撫でる。 「ごめん。でも、僕から誘いたかったんだ」 「周ちゃん…」 「一日、僕に付き合ってくれる?」 「うん!」 一週間後の29日。今年は運良く日曜日で、は朝一番に焼いたバースデイケーキを持って不二家を訪ねた。ちなみに昼は家に移動し、一緒にランチをすることになっている。たくさんの料理はとても持って来られないからだ。そして夕方からは外出し、映画を観て、食事をして、夜景を見る予定だ。 チャイムを押して待っていると、周助が出迎えてくれた。 「おはよう、」 「周ちゃんおはよう」 言って、は周助に甘えるように抱きついた。彼女は人目があると恥ずかしがって大人しく抱きしめられていてくれないのだが、誰の目もないときは、たまに甘えてくる。それがとても可愛くて、愛しいと思う。 リビングに通されて、は持ってきたケーキの箱をテーブルの上で開けた。 「デコレーションケーキとどっちにしようか迷ったんだけど、周ちゃんには林檎かなって思ってこっちにしたの」 「美味しそうだね」 「今日のは特別にお酒…シードル入りなの。あっ、ちゃんとお母さんに買ってきてもらったから大丈夫だよ」 「クスッ、うん。 の手作りケーキは久しぶりだから嬉しいよ。ありがとう」 「それから、」 は紙袋から金色の箱を取り出した。箱には赤いリボンがかかっている。 「周ちゃん、16歳のお誕生日おめでとう。えっと…Joyeux anniversaire!」 周助は色素の薄い瞳を一瞬驚きに瞠って、ついでクスッと笑って言った。 「Merci beaucoup.」 の発音より断然いい発音のそれは、以前より磨きがかかっている。留学先で周助が日常話しているのは英語のはずだが、なぜかフランス語まで上手になっている。他の国の言葉も話せるのかなあ、と気になっただが、できるよとあっさり言われると英語さえ得意ではないから落ち込みそうなので聞くのはやめた。 「開けてみていいかな」 「うん」 周助は受け取ったプレゼントの包みを開けた。 「へぇ、素敵なフォトフレームだね」 「気に入ってくれた?」 気になって訊くと、笑顔が返された。 「の写真を入れて飾るよ。 あ、今日の写真がいいかな」 「今日の写真?」 はきょとんとした顔で首を傾げた。 「今飾ってあるのはクリスマスの時のだから、、あとで撮らせてね」 「周ちゃんも一緒に写るならいいよ」 「わかった」 周助は頷いて、を手招きした。 は隣にいる周助にもうちょっとだけ近づく。 「なに?」 「、目を閉じて」 「えっ」 の白い頬が瞬時に赤く染まる。 「フォトフレームも嬉しいけど、恋人限定のプレゼントも欲しいな」 恥ずかしそうに小さく頷いた恋人を抱き寄せて、そっと唇を重ねた。 END BACK |