White Birthday




 いつもの時間に目が覚めると、カーテン越しがやけに明るかった。
 肌寒さを感じるのは、気温が低いからだ。
「…雪が降るって言ってたっけ」
 昨夜のニュースを思い出し呟くと、口から白い息が零れた。
 ベッドから降りて、窓際のカーテンをさっと開けた。瞬間、眩しさが目に飛び込む。
 窓の外は一面の銀世界だった。
 かすかに灰色がかった白い空から雪は降り続け、大地や木々、家の屋根を更に白く染めていく。
 雪の粒は大きく、振り方も強い。
 かなり積もりそうだ。
 ――四年に一度のスペシャルバースデーね
 そう言って微笑んでいたの嬉しそうな顔が浮かんだ。
 今日は四年に一度、閏年にしかない、2月29日。
 周助のバースデイだ。
 昨日、学校からの帰り道。
 ――四年に一度で雪だなんて、ロマンチックよね
「ホワイトバースデイなんて滅多にない、か。 フフッ、そうだね」
 の言葉を唇に乗せ、周助は柔らかく微笑んだ。
 これだけの雪が降っていたら登校するのは時間がかかりそうだ。
 部活はおそらく休みだろうが、朝練に間に合う時刻に家を出るべきだろうか。
 そんなことを考えながらパジャマから制服――学ランへと着替えていると、携帯が鳴った。
 メールの着信音は、専用にしているものだ。
 制服の上着のボタンを留めるのをやめ、着信したメールを開いた。
『おはよう、周助くん。ロマンチックなホワイトバースデイになったね。 直接言いたいから、ごめんね』
 最後の一言に周助はクスッと笑って、携帯を制服のポケットにしまった。
 はめていないボタンを留め、周助は二階の自室から一階へ降りた。
「おはよう」
 リビングのドアを開けた時。
「ハッピーバースデー!周助くん!」
「えっ、?どうして君が…」
 時刻は早朝。
 ここは不二家のリビング。
 クラッカーにも驚いたが、それよりも恋人がいたことのほうが驚いた。
 色素の薄い瞳を瞠る周助の耳に、彼の姉の声が届いた。
「ふふっ。ちゃんは昨日の夜からうちにいたのよ」
「えっ?」
 へ視線を向けると、彼女は頷いた。
 そうして彼女の口から聞かされたのは。
 閏年のお誕生日だから、一番にお祝いを言いたかった。
 雪が積もる中を一緒に登校したかった。
 由美子に相談したら、周助に内緒で泊まりにきたらいいわ、と言ってくれた。
 だからいるのだ、とは簡単に説明をした。
「ありがとう、嬉しいよ。最高のバースデイだ」
「ほ、本当? よかった…」
 はにかんだ笑みを浮かべるを抱き寄せてキスしたいところだが、姉と母の目がある手前、やめておくことにする。



 周助とはテニス部の朝練に間に合うように、いつもの朝より早めに家を出た。
「わあ、一面真っ白」
 寒さで頬をほんのり赤く染めたが言った。
 かなりの雪で傘をささないと体に雪が積もってしまうため、二人ともそれぞれ傘をさしている。だから、晴れの日に並んで歩くよりも、二人の間には距離があった。
 せっかく朝からといられるのに、この距離は、と寂しく思う。
 けれど。周助は首元に手をやった。手袋越しに触れたのは、さきほどがプレゼントにくれたマフラーだ。
 は初めてで目が不揃いなんだけど、と申し訳なさそうにしていた。そしてやっぱり編みなおしてプレゼントし直したほうがいいよね、と言うから、周助は反対してマフラーを受け取った。デパートなどで売っている手編みのマフラーと比べたら編み目は不揃いだが、周助にとってはが編んでくれたことが大事だったし、彼女が編み直すと言うほどだとは思わなかった。
 との距離には不満があるけれど、彼女の愛情が詰まったマフラーに周助は頬を緩めた。
「やっぱり部活は休みかな」
「そうね。体育館は使えないと思うし。 いっそ雪合戦しちゃうとか」
 ふふっと楽しそうにが笑う。
「英二とかが喜びそうだね。 けど、楽しいかもしれないな」
「紅白にわかれたりして?」
「アハハ、本格的だね」
「その時は周助くんを応援するね」
「いいのかい?マネージャー?」
「いいの。今日は特別な日だから贔屓するの」
 首を傾けて嬉しそうにが笑う。
 笑顔は雪のように眩しくて。
 言葉は雪のように柔らかくて。
 独り占めしたくなる――。
 周助は自分の傘を畳み、の傘の下へと入った。
「周助くん?」
 周助は驚きに黒い瞳を瞠るの傘を持つ右手を左手で包み込み、傘を二人の顔が周りから見えないようにした。
「ずっと僕だけのでいてね」
「しゅ――」
 深深と降る雪の中、傘の影で重なった唇は少しだけ冷たかったけれど、雪が溶けてしまうように熱くて、とても甘い味がした。




END



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