幸せの条件




 雨上がりの空が広がっている。
 雲に隠れていた太陽が眩しいくらいに輝いている。
 雨で濡れた木々の葉に残った雫が陽光を弾き煌く様は綺麗だ。
 ふと視線を向けた数歩先、レンガ色の石畳に残る水溜りに青い空が映っていた。
 ちょっとした悪戯な好奇心が芽生え、そこへ近づいて靴の爪先で水溜りに触れた。波紋が広がり、映りこんでいる空が揺れる。
「ふふっ、面白い」
 新しいおもちゃを見つけた子供のように、は黒い瞳を輝かせた。
 ほどなくして揺れていた水面は静まり、元の姿へと戻った。
 もう一回やってみようかな、と伸ばした爪先が水面に触れた時。
「クスッ。可愛いことをやっているね」
 楽しそうな声がすぐ近くから聞こえた。
 の頬が瞬く間に赤く染まる。
「み、見てた?」
「うん、ばっちり」
 にっこりと微笑む不二には耳までも赤く染めた。
 誰も見ていない――正確には、周りに知り合いはいないだろうと思ったからやったのだし、待ち合わせ時間まであと15分ある。だから不二にだって見られないと思ったからこそやったのだ。
 それなのに、絶対に見られたくない不二に見られてしまうなんて。どこかに隠れてしまいたいが、背中側にレンガ造りの大きな建物があるだけだ。
 不二の視線から逃れるべく、は俯いた。
「恥ずかしいことじゃないと思うけど」
「………」
「可愛いよ、すごく」
 からかう色が微塵もない声に、は益々赤くなってしまう。
 どうしてこう次々にこちらが赤面するしかないことを言うのだろう。
「あっ!」
「えっ、なに?」
 不二の焦った声が耳に届いて慌てて顔を上げたの瞳に、フフッと微笑む彼が映った。
「よかった。やっと顔を上げてくれたね。一週間振りなんだし、ちゃんと顔を見せてくれないと、ね」
 は口を僅かに開け、けれど言葉が出てこなくて、口を閉じた。
「行こう」
 すっと左手が差し伸べられる。右手ほどではないけれど、ラケットでできた肉刺のある大きな手。
 手を繋ぐ時。抱きしめられた時。労わるように頭を撫でてくれる時。
 どんな時でも包み込んでくれる優しい手。
 右手を彼の手に伸ばし触れると、それを待っていたように手はすぐに包まれるように握られる。
 この瞬間が幸せで、嬉しい。

 名を呼ばれ、不二を見上げて首を傾げる。
「好きだよ」
 優しい微笑みで紡がれた言葉には一瞬きょとんとして、ついで白い頬を赤く染めた。
「ど、どうしたの、突然…」
と手を繋ぐと幸せなんだよね、僕。だから好きだって言いたくなった。もちろんとキスするのも幸せだから、心配しないでいいよ」
 嬉しいと喜ぶべきか。
 一言多いと抗議すべきか。
 色素の薄い瞳を細めて嬉しそうに微笑みながら言うから、反応に困る。
 どういう顔をしたらいいのか決めあぐねていると、不二がにっこり微笑んだ。
も同じに思ってくれてるみたいだね。嬉しいな」
「え、…」
 自分が今どういう顔をしているのかわからなくて、不二に言われては驚いた。
 不二はクスクス笑って、繋いでいる手の形を変えた。包まれていた手は、指を絡めるようにしっかり握られた。
「僕から離れないで。ずっと傍に居て」
「…周助…」
、返事は?」
 立ち止まり、不二は緩く首を傾げる。
 色素の薄い切れ長の瞳は吸い込まれそうに綺麗で、は見惚れてしまう。
 光の加減で金色にも見える瞳は、この世にひとつしかない宝石のよう。
「……うん」
「うん、じゃわからないよ、
 うそつき。わかってるくせに…。
 小さな声で抗議すると、不二はクスッ微笑んだ。
「じゃあ、あとで二人きりになった時、ゆっくり聞かせてくれる?」
「えっ?」
「言ってくれないなら、言わせるしかないよね?」
「…っ、ずるい……。……ず、ずっと――」
 傍に居て。…私だけの周助でいて
 消え入りそうな声で言うと、不二はそれは嬉しそうに微笑んだ。
「初めて僕を独占してくれたね」
「そ、そうだった?」
「フフッ、無自覚なのがらしいね」
「周助が言わせたんじゃない」
 は拗ねた顔でそっぽを向いた。そんな子供みたいな仕草を、周助が可愛いと思っているなどは気がつかない。
 さて、どうやって機嫌を直してもらおうか。
 そう思案する不二は幸せそうに微笑んでいた。




END


君と手を繋いで5のお題「3. 幸せの条件」 / starry tales様


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