初めての手作りを




 校舎から屋上へ出る扉を不二が開いた。彼に先に出るように促され、扉を押さえてくれている礼を言っては屋上に出た。
 柔らかな色の春空が広がっている。その空を気持ちよさそうに鳥が飛んでいるのが見えた。
 陽射しが温かく降り注ぎ、時折吹く風が優しく頬を撫でていく。
「いい天気だね」
 色素の薄い瞳を優しく細め、穏やかな声で不二が言った。
「学校が休みだったらよかったなあ」
 顔に残念と書いているに、不二は楽しそうに微笑む。
「フフッ、そうだね。花畑でお弁当っていうのもいいね」
「わ、素敵!」
 は黒い瞳を輝かせた。
「じゃあ、今度出かけようか」
 は嬉しそうな笑みで頷いて、だがその一拍後、僅かに困った顔をした。
?」
「周助くん」
「ん?」
「やっぱり購買か食堂にしよ?」
「え?」
 不二は色素の薄い瞳を瞠った。
 今日は今からの時間――昼休みに、の初めての手作り弁当を食べるために学校に来たと言ってもいいくらい、楽しみにしているのに。
 天気がよいから屋上なんていいかもね、とやってきたというのに。
 急に何を言い出すのか。
「自信なくなってきちゃったから」
 言って、不二の返事を待たずには踵を返したけれど、そこには彼の腕が伸ばされていた。
 退路を断たれて、は困った顔で不二を見上げた。
「どうしても、ダメなのかな?」
 緩く首を傾げる不二はちょっと寂しそうな顔をしていて、はダメと言えなくなってしまう。
 不二に食べたいなと言われて、料理の腕に全く自信はないけれど、なんとか出来たし、食べてもらえたら嬉しい。
 でも料理初心者の腕で作った弁当が、果たして彼の舌に合うのだろかと考えると不安になって、なかったことにしたいと思った。
 なのに、大好きな彼の曇った表情を見て、その思いなど見事に崩れ去った。
「………さっきも言ったけど、期待しないでね?」
「さっきも言ったけど、が作ってきてくれたっていうことが僕には大事なんだよ」
 にっこり微笑まれて、は教室でなったのと同じように、再び頬と耳を真っ赤に染めた。
「それにね、僕のために作ってきてくれたんだよね?食べないと勿体ないじゃないか」
「周助くん…」
 話は済んだとばかり、不二はの手を引いて生徒がいない場所まで移動した。
「ここでいいかな?」
「うん」
 二人は向かい合わせに、アスファルトの上に直に座った。
「………えっと、じゃ、じゃあ、どうぞ…!」
 は下を向きつつ、両手で弁当を不二に差し出した。
「ありがとう、
 は自分の分の弁当を開けつつ、不二のほうを気にしてちらっと視線を向けた。彼はなんだか嬉しそうで――うきうきしているように見える。それが嬉しかったけれど、弁当を見て消えないといいな、とは切に思った。
「いただきます」
「え、あ、ど、どうぞ」
 叫びそうなのを押し殺し、ドキドキしながら見守るの視線の先で、綺麗な動作で不二が箸を動かした。彼は黄色くて四角いものを掴んで口に運んだ。
 味見をして大丈夫だと思ったけれど、彼の口に合うだろうか。
 不安になって、はつい泣きそうな顔になってしまった。
「美味しいよ」
「ほ、本当?」
 優しく微笑んで言った不二に、は見るからにほっとした顔になった。
「うん。の卵焼きが今まで食べた中で一番美味しい」
「しゅ、周助くん…」
「お世辞じゃなくて、本心だよ」
 お世辞でも嬉しいと思ったのを見透かしたかのように言われて、は驚きに黒い瞳を瞠って、ついではにかんだ笑みを浮かべた。
「…ありがとう」
 不二がフフッと笑うと、も嬉しそうに微笑んだ。




END


屋上で5題「1.初めての手作りを」 / Fortune Fate様


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