ひとくち交換




「あ、今日も?」
 昼休み、教室を出ようとした時、声をかけられた。声の主はよく知った友達のものだ。
 不二は後ろを振り返って言った。
「うん、今日も」
「不二たちってホント仲いいなあ」
 感心するような菊丸に不二はクスッと笑った。
「英二たちほどじゃないよ」
 ジョークのようであり、本心から言っているようでもあり、菊丸は一瞬目を丸くして、ついで笑った。
「いってらっしゃーい」
「ああ。 、行こう」
 二人の会話を黙って聞いていたは不二に頷いて、菊丸にいってきますという意味を込めて笑顔で手を振った。
 二人が向かうのは屋上だ。
 春先に屋上で二人で弁当を食べた日から、天気がいい時はたいがい屋上で昼を取るようになっていた。
 初めての時は直に座ったけれど、その次からはが小さめのレジャーシートを持参している。アスファルトの上に直に座ると制服が汚れるからだ。一人分のサイズではないのは、むろん不二も座れるようにである。



「あ…」
 扉を開けてくれている不二にお礼を言って、彼より先に屋上へ出たは小さな声を上げた。
「どうしたの?」
「な、なんでもない」
 首を振るの顔が赤い。不二は不振に思い、彼女の視線が向いていた先を見た。
 不二の色素の薄い瞳に映ったのは、部活の後輩である越前が寝転んでいる姿だった。だがそれだけではなく、後輩の傍らに並ぶようにして一人の女子生徒がいる。彼女もまた寝転んでいて、どうやら二人とも寝ているようだった。
 昼休みが始まってまだ間もないのに、ずいぶんと寝つきがいい二人だ。
 ともかく、昼寝をしていることは問題ではなく、問題なのは彼ら二人の距離だ。初めからか寝ているうちにかはわからないが、二人の顔が少し動いたら唇が触れてしまいそうなほどの距離で、そのことには顔を赤くしたのだろうと察しがついた。
 初々しいが可愛らしくて、不二はクスッと笑った。
「見えないところにしよう」
 それは越前たちに対しての気遣いではなく、人様の熱いシーンなど見ていても仕方が無いからだ。
 それよりも、彼女と二人きりの時間を作るほうが遙かにいいに決まっている。
 不二はの華奢な手を引き、後輩が視界に入らない、気にならない場所へ移動した。屋上はさほど広くないが、人の背丈ほどの高さの換気塔のようなものがいくつかあり、視界を遮ることができる。
「ここならいいよね?」
 首を傾げる不二にはほっとしたような顔で頷いて、持ってきたシートを敷いた。
 二人は向かい合わせに座って、それぞれの弁当を広げる。
 今日の不二の弁当は母の手作りで、の手作りではない。
「わあ、周助くんのお弁当、今日も美味しそう」
「ありがとう、母さんに言っておくよ」
「私もそんな風に作れるようになりたいな…」
 ぽつりと零れた彼女の囁きに不二はよいことを思いついた。
「……ねえ、
 は黒い瞳を瞬いて、首を傾げた。
「なに?」
「ひとくち交換しない?」
「え?」
の作った卵焼き美味しかったから、それと僕の弁当の何かと交換して欲しいな。 が嫌じゃなかったらだけど」
「っ、全然!嫌じゃない」
「ありがとう」
 不二はフフッと笑って、自分の弁当箱をに差し出した。
「はい、好きなの取って」
「あ、うん。……どうしよう……」
 は困ったように、けれど真剣に弁当を見て吟味している。
 少しして、は顔を上げた。
「…筍、いい?」
「もちろん」
「いただきます」
 はまだ口をつけていない箸で筍の煮付けを取り、口に運んだ。
「………美味しい。 あっ、周助くんもどうぞ」
 は慌てた顔で不二に弁当箱を差し出した。
「うん、いただきます」
 不二も口をつけていない箸で卵焼きを取って食べて、にっこり微笑んだ。
「やっぱりのが一番美味しいよ」
「あ、ありがとう」
 耳まで真っ赤に染めて嬉しそうにはにかんだ笑みを浮かべるに、不二は微笑み返しながら思った。
 ひとくち交換て癖になりそうだな。




END

屋上で5題「2.ひとくち交換」 / Fortune Fate様

BACK