柔らかな陽射しが降り注ぐテニスコート。
 コートを囲む観客席は埋め尽くされ、熱気と歓喜に溢れかえっている。
「…今日を楽しみにしていたよ」
 ネット越しに握手を交わしながら告げる声は穏やかで、顔に浮かぶ笑みは柔らかい。けれど、色素の薄い双眸は揺ぎ無く、強い意思が宿っている。
 こうしてコートの中央で――ネットをはさんで立つのは、四年前以来だ。
 再びの対戦をどれほど待ち望んでいたことか。
「…俺もだ」
 言葉短く気持ちを伝える男に、クスッと小さな笑いが零れる。
「何がおかしい」
 僅かに眉を顰める、いつも自分の先を行っていた男――手塚に不二は言った。
「君らしいなって思ってさ」




 The second game




 コートの奥、左隅に鮮やかなスマッシュが決まる。
 そのゲームセットを告げるボールを打ったのは不二だ。
 刹那の沈黙が周囲を包み、どかっと歓喜の声で辺りは埋め尽くされた。
 第一セットは12ポイントタイブレイクにもつれこんだ末、7−6で手塚が取った。続く第二セットもタイブレイクとなり、今度は6−7で不二がゲームを取った。第三セットも互いに譲らず、三度フルセットにもつれこみ、ゲームを奪取したのは。
「Game set and match won by FUJI!Game count Seven games to Five」
 審判が上げる声に更なる歓声が湧き上がった。
 その瞬間、不二は両手を固く握り締め、ガッツポーズで喜びを表した。
 セットカウント――不二の勝利を告げる審判の声と観客の大歓声を受け止めて、不二は会場内に両手を振って応えた。
 大歓声と鳴り止まない拍手の中、マイクを手にしたインタビュアーがコートへとやってくる。
「優勝おめでとうございます!」
 インタビューをしに来た男性は、試合の興奮が収まらない様子で祝辞を口にした。
「ありがとうございます」
 まだ整わない呼吸で、けれども不二はようやくいつもの――否、いつも以上の微笑みを浮かべた。
「優勝候補筆頭と言われた手塚選手を破っての優勝ですが、今のお気持ちは?」
 ようやく追いつくことができた、と不二は心の中で呟く。
 もっと高みを目指そうと決意したあの日から待ち望んでいた対戦。
 そして、欲していた勝利。
 言葉にはできないものが、波のように押し寄せてくる。
「厳しい試合でしたが、勝つことができとても嬉しいです」
「今の喜びをどなたに伝えたいですか?」
「僕を支えてくれた人たちに…家族と友人、それから一番に婚約者に伝えたいです」
 最後の一言にどよっと会場が揺れるように観客がざわめく。だが言った不二本人は気にしていなかった。
 インタビュアーは追求しようとしたが、不二の底知れない笑みに凄まれて言葉を飲み込んだ。
「不二選手のインタビューでした」
 それからいくつか雑誌のインタビューを終え、不二は観衆に応えてコートを後にした。



 遠くにまだ冷めやらぬ喧騒が聞こえる、ロッカールームの近くに二人はいた。
「婚約者というのはか」
 確認ではなく、確信した声。
「もちろん。今頃テレビの前できっと真っ赤になってるよ、
 クスクス微笑む不二は幸せそうだ。
「あのさ、手塚」
「なんだ?」
「式に出席してくれるかな」
「式?」
「そ。結婚式」
「先程婚約者と言っていなかったか?」
 手塚はやや呆れた顔で言った。
 婚約の次は結婚というのはわかる。だが、彼女と婚約したのをインタビューで初めて知って、その直後の発言が結婚式への出席の打診。驚くなり呆れるなりするのも仕方がないと言える。
「ああ。プロポーズはこれからするからね」
 フフッと笑う不二に手塚は意味もなく眼鏡のブリッジを左手の人差し指で直した。
 プロポーズをしていないのに結婚式に出席して欲しいとは、順番が逆ではないだろうか。プロポーズを断られることは頭にないらしいが、それに関して思うことは手塚にはない。なにしろあの仲の良さだ。が断ることなど天地がひっくり返ろうが、朝日が西から昇ろうが、海水が砂糖水になろうがあるわけがないと断言できる。
「…日時が決まったら連絡してくれ」
 手塚は嘆息混じりの僅かな笑みを口端に乗せて言った。
「もちろん」
「不二、次の対戦を楽しみにしている」
「僕もだよ。けど、次も負けるつもりないから」
 ようやく追いついたが、まだ抜けたとは思っていない。
 肩を並べただけで、一度の勝利で満足はできない。
 お互いに少し笑って、どちらともなく握手を交わした。
 生涯ライバルであり、友人であり続けたいと願う。
 互いに言葉にすることはなくても、伝わる思いはある。そこに宿る思いが強ければ強いほどに。



 それから数ヶ月後、不二と手塚はアメリカで三度目の対戦をすることとなるのだった。




END



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