愛くるしい 梅雨の合間の晴れた日曜日の午後。 が部屋で読書をしていると、階下から玄関のチャイムが鳴る音がした。 母がいるからと読書を続行していると、 「ー、周助君よー」 声をかけられて、は嬉々として玄関へ行き扉を開けて、黒曜の瞳を大きく見開いた。 驚いているに周助はクスッと笑う。 「触りたいって前に言ってただろ?」 そう言った周助の腕に、茶色いウサギが抱かれている。ウサギは鼻をぴくぴくさせ、時折耳を動かす以外は身動ぎせず、彼の腕の中におとなしくおさまっていた。 「可愛いうさちゃん! そこコどうしたの?」 頬を緩めて瞳を輝かせるの愛くるしさに周助は色素の薄い瞳を細めた。 喜ぶかなと思って訪れたのだが、実際に嬉しそうなが見られて周助も嬉しい。 「姉さんの友達から預かってるんだ」 「触っていい?」 首を緩く傾げて訊くに周助は頷いた。 「もちろんだよ」 はぱっとそれは嬉しそうに笑って、右手をそっと上げると、ウサギの背におそるおそる触れた。 そおっと撫でると、ふわりとした柔らかさだった。さわり心地がよくて、もう一度毛並みに沿ってそっと背を撫でる。 「きゃ〜、可愛い〜」 人に慣れているのか、が警戒心を与えないのか、ウサギはおとなしくに撫でられている。 「抱いてみる?」 周助が思いついて訊くと、はふるふると首を横に振った。 「逃げちゃったら大変だもん。だからいい」 そう言いながらもの瞳は雄弁に語っていた。 抱っこしてみたいなあ、と。 「じゃあ、うちに来る?」 家でもいいのだが、多少なり毛が抜けたりするかもしれない。それに飼い兎なので躾はしてあっても、絶対に糞をしないという確信はない。 それゆえの提案であり、家の中であれば逃げ出しても脱走する心配はない。 「行きたい!」 嬉しそうに笑うを連れて、周助は自宅へ戻った。 気を遣ってが玄関ドアを開けてくれたので、周助は礼を言って先に家に入った。 そしてリビングへを案内し、二人掛けのソファに並んで座る。 「はい、」 「ちょ、ちょっと待って、周ちゃん。まだ心の準備が」 胸に左手を当てて深呼吸するに周助はクスクス笑う。 「大丈夫だよ。から逃げそうにないしね」 「え?」 だって、君もウサギみたいに可愛いから。 周助は胸の内でそう呟いた。 「さあ、いい?」 「えっとどうやって抱っこするの?」 「片手をお腹の下に入れて」 は言われた通り右手をウサギのお腹の下に入れた。 「こう?」 「うん。そうしたら親指と人差し指の間に前足を挟んで――」 「うう、難しい」 「腰より少し上に手を添えて支えてごらん」 「こうでいいの?」 「うん」 ようやくウサギを抱っこできたはほっと息をついた。 「うさちゃん抱っこするのって大変なんだね」 「うん。変な抱き方をすると麻痺したりとか、大変らしいよ」 「そ、そうなの?私が抱っこして大丈夫かな?」 「暴れてたりしてるのに無理に抱いたりしなければ大丈夫だよ」 は腕の中のウサギに視線を落とした。ウサギは暴れたりはしていないから大丈夫そうだ。 「…頬擦りしたくなっちゃうね」 の言葉に周助がフフッと笑った時、リビングのドアが開いた。 「ちゃ――あら、可愛いわ」 「え?お姉ちゃんが預かってるんでしょ?」 不思議そうな顔で首を傾げるに由美子はふふっと微笑んだ。 「そうよ。 言った意味は違うけれどね」 「意味?」 「ウサギがウサギを抱っこしてるところなんて滅多に見られないもの。すっごく愛くるしいわ。 ねえ、周助」 「うん。可愛くて、帰したくなくなるよ」 「え、うさちゃん帰れないの?」 「クスッ、そっちじゃないんだけどな。 まあいいか」 「周ちゃん?」 「、ウサギを膝の上に下ろしてみたら?たぶん逃げないからスキンシップできるよ」 膝の上に乗せたウサギを触るのも憧れだったから、はドキドキしながら自分の膝の上にウサギを下ろした。 そっと手を離すが、ウサギは逃げずに膝の上に留まっている。 「ほんとに逃げない。嬉しい。ありがとう、うさちゃん」 満面の笑顔でウサギの頭をそっと撫でるは、由美子がそっとリビングを出て行った事には気がつかなかった。 はウサギの背中を撫でながら、黒い瞳を周助に向けた。 「周ちゃん、ありがとう」 「どうしたしまして。が喜んでくれて嬉しいよ」 それからしばらくの間、周助は愛くるしいの笑顔を独り占めした。 END 2011年の元旦にお友達からウサギを抱っこする周助くんのフロスティングカードが届いて、ブログで簡単に書いたミニドリームを元にして書き上げました。 無邪気な君へのお題[10.愛くるしい] 恋したくなるお題様(http://members2.jcom.home.ne.jp/seiku-hinata/) BACK |