君と寄り道




 開け放たれた窓から風が室内へ流れ込んでくる。秋の気配を含んだ風は、穏やかで心地がいい。
 昼間はまだ夏の名残の暑さが残っているが、夕方はようやく秋らしくなってきた。


 図書室で読書しながらの部活が終わるのを待っている不二は、カラカラという小さな音を耳で捉えた。音を追って、図書室の入口へ視線を滑らせる。
 不二が視線を向けた先で、入口に立つ人――がこちらに向かって小さく手を振った。不二は彼女ににこりと微笑みを返して、読みかけの本をテニスバッグにしまうと入口へ向かった。
 と連れ立って図書室を出、不二は扉を閉めて口を開いた。
「お疲れ様、
 応えるようには控えめに微笑んだ。
「待っててくれてありがとう」
「いいんだよ。僕が一緒に帰りたいだけなんだ」
「周くん…」
 ほんのりと目元を赤く染めるにクスッと笑い、華奢な手を取って繋ぐ。
「さあ、帰ろうか」
 彼女の手を引いて、昇降口に向かうべく歩き出す。図書室の入口で立ち止まっていては迷惑になってしまう。
「あのね、ちょっと寄り道してもいい?」
 彼女が寄り道したいと言うのは珍しく、不二は色素の薄い瞳を一瞬瞠ってから頷いた。
「もちろん。どこか行きたい所があるの?」
「うん、花屋さんに。それとサボ屋さんにもまた行ってみたいな」
「クスッ、了解」
 今日の放課後デートは、彼女の行きたい店と、自分がよく行く行きつけの店に決まった。



 二人は仲良く手を繋ぎながら、街中にある一軒の花屋に向かった。
 花屋の店先には、筒状の容器に入れられた色とりどりの季節の花々が所狭しと並び、棚にはプリザーブドフラワーが並んでいる。
 生花はどれも瑞々しく、きちんと手入れされているのが一目でわかった。
 は店先に並んだ切花を目で順番に追って、青紫色の花が黒い瞳に映ると嬉しそうに微笑んだ。
「買ってくるから待っていて」
 はくるりと不二を振り向いて言って、店の中へ入っていく。
 着いて早々に決まったということは、買いたい花はもう決まっていたらしい。
 少ししては店員と店先に戻ってきた。
 店員と話すの声が聞こえてくる。二人が立ち止まったのは、桔梗の切花があるところだった。
 そういえば、今は見頃だっけ。
 今度両手いっぱいの桔梗の花をプレゼントしようかな。
 などと考えている不二の視線の先で、が選んだ桔梗が容器から店員の手に移って行く。
 白い桔梗もあるが、の好みの色は青紫らしい。
 ほどなくして、花を手にが戻ってきた。桔梗は10本程で、綺麗に咲いているもの、蕾のもの、もうすぐ咲きそうなものと状態はいろいろだ。
「周くん、お待たせしました」
「いや、全然。 桔梗を買いたかったんだ?」
「うん。昼休みにと話していて、晴明神社の話が出たの。それでいま桔梗が見頃だったなって思って、欲しくなっちゃったの」
 呆れた?
 そう小さな声で問われて、不二は首を横に振った。
「可愛い」
 不二は顔を赤く染めるにクスッと笑って、彼女の手にある桔梗を見、再び彼女の顔を見た。
に似合うね」
「え?」
「桔梗だよ。君の髪に飾ったらますます綺麗になって目が離せなくなりそうだ」
 切れ長の瞳を愛しげに細めて言う不二に、は更に赤くなった。
「しゅ、周くん…!」
「今度プレゼントするから、挿してみて欲しいな」
 不二はの長い黒髪を手にしながら、それは楽しそうににっこり微笑んだ。




END



BACK